8章 私はロクシー!トレジャーハンターよ!

ロクシーはふんぞり返って、

正面の大男ヴォルカスに言葉を放つ。


「ふーん。私はロクシー!トレジャーハンターよ!」


この際、相手が誰であろうが関係ない。

「ほう」

こちらの反応を面白がるように、ヴォルカスが頷く。


「世界で一番立派なね!」

「…嘘だな」

勢いのまま大げさなことを言ってみるが、事もなげに流された。


「う、嘘じゃないわよ!これからなるんだから!これから!」

ロクシーは腕をブンブンとふり回し、

相棒のツルハシも一緒にブンブンと空を切る。


ヴォルカスはロクシーのことを気に留めず、そのまま地面に描かれた魔法陣に目を向ける。

「してロクシーよ。この古代魔法は、良くできてはいるが」

「え!?な、何してるの!?」

「完璧ではない。ここが間違っておる。」


ヴォルカスの指先が少しだけ輝く。

そのままつっと魔法陣に一本の線を書き加えた。


すると、魔法陣はたちまち輝きを失いツルハシが重力に引かれてズトッと地面に突き刺さる。


「きゃあ!」

ツルハシが重たくなったのではなく、魔法陣が効果を失い、

ロクシーが力を失ったのだ。


反動でロクシーが尻もちをつく。


「え!?ちょ、ちょっと!なんで!?」

何が起こったかさっぱりわからない。

ヴォルカスが立ち上がりロクシーを見下ろす。

力を失った今、正面にいる男の正体もわからず、完全なる手詰まり。


「ふむ。これでそなたの力は人並みとなった。観念するとよい」

1歩、また、1歩と命の終わりが近づいてくる。

しかし、ロクシーはそのまま後ずさりも、負け惜しみも言わなかった。


というより、全く別の気持ちがそれらの感情をすべてかき消した。


「どうやったの!?ねえ!あなた、古代魔法について知っているの?私も完璧ではないと思っていたんだけど!」


ずささささ!

地を這ってヴォルカスの足元に近づき、そのまま足にしがみつく。


「何が悪いのか全然わからなくて!ねえ!あなたは誰なの!?どうして知っているの!?」


失われた古の魔術を知っている。

何この人!すごい!教えてほしい!


「ふ…ふむ」


ヴォルカスは面食らった。

魔法陣を実践で用いるほど正確に記述し、大勢の魔族に囲まれても圧倒できる程の力を持った人族。

その力と心の支えとなる魔法陣をいとも簡単に無力化されたのだ。

多少なり悪あがきや負け惜しみでも出ておかしくない状況にも関わらず…


ギランギラン


足元にしがみついた女の瞳は、自分が気圧されるほど好奇の輝きを宿している。

底なしの好奇心。


「私はロクシー!あなたは…ヴォルカスだっけ?あ!ヴォルカス!ほんとに!え?ヴォルカス!?


ロクシーはしがみついたまま立ち上がり、ついにはぐいーッと背伸びをして


「私ね、遺跡で見つけた本で読んだことがあるの!あなた、まさか神話時代から生きているヴォルカスなの!?ねえ!」


至近距離、そして大声。

これにはさすがの魔王も押し負けて


「ふ、ふむ。一度、落ち着ける場所に、行かぬか」

としか言えなかった。



そこから魔王の城までの道中は

休む間もない質問ぜめだった。


何歳だ、とか。

ここはどこだ、とか。

なぜこんなところにいるか、とか。


日夜戦争のことを考え、仲間の死を憂い続けていた中で、

他愛もない魔法陣のこと、遺跡のこと、過去の神のこと。

時間にしてほんの数時間。ただのひと時だったが、辛いことを忘れることが出来た。




城門の前でサラが待っていた。

「…おかえりなさいませ。ヴォルカス様。…その人族はどちら様ですか?」

明らかに不審な目を向けてくる。


「ふむ…。」

ヴォルカスがどう答えようかと思案を巡らせる、

よりも前。


「私はロクシー!トレジャーハンターよ!」

横に立つロクシーがにっこにこの笑顔で答える。


そしてすぐに城に目を向け

おぉー、とか

すごー、とか言っている。


「…とのことだ。」


サラは何となく状況を察してため息をつく。

「で、そのトレジャーハンターが魔王城になんの用ですか?」

「あなたこそ、誰よ!」

今後は急にふんぞり返って言い返してくる。

自己紹介には自己紹介で返す。


サラは勢いには動じず、淡々と答える。

「私はサラです。この城の雑務を取り仕切る執務官です」


誰ですか、この人は。


サラを取り巻く魔素の濃度が跳ね上がる。

動揺を見せることはないが、失礼な来訪者に怒っているのだろう。


「ふむ。私が招いた」

「見ればわかります。で、な・ん・の用なんですか?」


どうやら、火に油を注いだかもしれん。


「ヴォルカスに古代文明のことを聞きに来たの!」


ドクン…

その場に漂う魔素にロクシーの心音が伝搬する。


「ひっ!」

ロクシーは目を大きく開け、急に喉を詰まらせたように硬直する。


「ヴォルカス様のことを呼び捨てにするとは。今この場で呪い殺しましょうか?」

ロクシーの正面に立つサラという女の表情は何一つ変わらない。

何も映さない真っ黒な瞳。


「サラよ。私が許しておる」

口を開いたのはヴォルカス。

「…。そうですか。」


しばし、ためらった後サラはその力をほどく。

ギチギチと魂が身体から引き抜かれるような感覚から解放されたロクシーが

大きく息を吐く。


「助かったー。死ぬかと思った。」

束縛から解放された魂が、身体の感触を確かめているような感覚に安堵する。


「そなたの忠義に感謝する。サラよ」

「とんでもございません」

「すまぬな。手荒な歓迎で」

「いいわよ。どうせ、歓迎されないのはわかってるんだから」


雰囲気が落ち着く方向へ向かい始めたかと思われた直後、

今度はまた別の者の笑い声が響く。


「はっはっはっはあ!」

姿は見えない。

「サラは真面目だなぁ!」


呼ばれたサラは腕を組んで、声がする方から顔を背ける。

「わっ!わ!」

ロクシーがバランスを崩して後ろに転びそうになる。


「そーんなに怒ってばっかりだと幸せが逃げてくぞー!」

ロクシーのリュックの中からにゅーっと男の魔族が飛び出してくる。


「よいしょっと、あんはっぴーあんはっぴー!」


ほい!っと

完全にロクシーのリュックから外に出たその男はロクシーよりも背が高い。


いつの間に!?どうやって?


そう思って声に出すよりも早く、今度は男がロクシーに対して術を使うと、身体が言うことを聞かなくなる。

「へ?わっ!」


「オレンドよ。悪趣味だぞ」

リュックの中に潜んでいた犯人はオレンド。


「帰ってきたのね」

二人とも、まるで普段通り、という雰囲気だが、

ロクシーからすれば、この一連のやりとりの理解が出来ない。


オレンドと呼ばれた魔族は、軽やかにステップを踏みながら自己紹介を始める。

「はっはっはー!初めまして、ロクシー!俺は傀儡師のオレンドさ!」

オレンドが左、右、右、左とステップを踏み…


「ヴォルカス様が一人で出て行ったってサラが震えた声で連絡してくるもんだからー!きてみたら、可愛い可愛いレディーがいるじゃないかあ!」

ロクシーが合わせるように、右、左、左、右とステップを踏まされる。


「わっ!おっとっと!」

「一緒に踊ろうぜぇ!!はっはっは!」

「こ、こら!わぁ!離して!!」


見かねたヴォルカスは、サラの時同様に配下の行き過ぎた歓迎を宥めるのだった。


「落ち着くのだ。久しく訪れた客人だからといって、はしゃがぬことだ」

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