(39)
結局、キャメロンが魅了魔法を使ったことはたしかだった。法に触れるものではなかったが、校則には反しているため、キャメロンは寮監であるジェーンから罰則を与えられた。校内での奉仕活動一ヶ月が、罰として軽いのか重いのか、レンには判断がつかなかった。
ひとつたしかなことは、キャメロンは罰則を与えられてもケロリとしていたことだけだ。案外と愚痴ったり怒ったりと反発するかと思っていたレンには、罰則を与えられたにもかかわらず、なんの反応も示さなかったキャメロンは不気味に映った。そしてそんなキャメロンの態度は寮生の反感を買った。完全に悪循環である。
キャメロンの悪評はフリートウッド校で広がり続け、留まるところを知らない。その悪評を広めることに女子生徒がかかわっているのではないか、とレンは推測していたが、だれがそうしているのかまではわからなかった。それほどまでに女子寮内でのキャメロンの立ち位置は悪化の一途をたどっていた。敵が多すぎるのだ。
しかしキャメロンはへこたれる様子を見せない。他者から悪感情を向けられれば、反発するか委縮するかといったところだろうが、キャメロンは「どうでもいい」と言ったところだろうか。小心なレンからすれば、その図太い神経は少し羨ましくもある。見た目よりも「イイ性格」であることはたしかだ。
けれどもそうやって、一種、好感情とも取れる評価をする生徒は当たり前だが少数だ。女子生徒のほとんどはキャメロンの言動を嫌っていた。そして問題を起こし続けるキャメロンに、男子生徒たちも徐々に離れ始めていた。遅まきながらに中身に難があると気づいたらしく、手のひらを返して離れて行く男子生徒の様は、大半の女子生徒からの評価を落としたことは言うまでもないだろう。
名家の出で、箱入り娘で、美少女で。一見するとキャメロンは完璧に見える。けれどもその周囲を省みない言動に、ちやほやしていた男子生徒たちはついて行けなくなったのだろう。そして「こんな母親はイヤだ」という調子で離れて行く。
上手いこと男子生徒をノせて、ちやほやされているように見えたキャメロンだが、少しずつ上手く行かなくなっていった。校内でも孤立し始め、イジメとまではいかないまでも、忌避され、煙たがられる。
そんな空気はさすがのキャメロンも堪えたのか、見かけるたびに元気がなくなって、憔悴して行っているようにレンには見えた。
けれどもそんなキャメロンを見て「ざまあみろ」と思う生徒は多いらしく、そんな刺々しい空気にレンは息苦しさを覚える。他人事と言えばそれまでだし、キャメロンはそうされるほどのことをした。そう、頭ではわかってはいるが、悪意の詰まった空気に晒されては、疲れる。
しかしキャメロンを気にかけてやる義理など、レンにないのも確かだ。さらに表向きはキャメロンの被害者である。ハーレムの成員に魅了魔法をかけられたのだから、周囲もレンはキャメロンにいい感情を抱いていないとみなしているらしかった。
レンとて聖人君子ではないから、法に触れないとは言え他者の尊厳を踏みにじりかねない魔法を、親しい友人や先輩にかけられたことで、たしかにキャメロンにはいい感情を抱いていない。しかしここのところのキャメロンの憔悴ぶりは、そんな事実を忘れて少々心配に思うほどなのだ。
「最近のキャメロンはおかしいと思わない?」
そしてそうやってキャメロンの様子を気にかけている者がひとり。女子寮の寮長を務めるイヴェットである。イヴェットの私室に呼ばれたレンは、学科は違うものの同じ学年だからということで、彼女からキャメロンの様子について聞かれた。だから素直に「憔悴している感じですね」と答えたのだ。そして返ってきたのが先のセリフである。
「まあ……前ほど元気ではない感じはしますね」
「やっぱりそうよね……。でもおかしいのは元からだと思わないかしら?」
レンの中のイヴェットのイメージは様々だったが、直球の悪口陰口を言うような人間だとは思っていなかったので、思わず固まってしまう。しかしイヴェットはすぐに誤解が生じたのを察したらしく、少しあわてた様子で言葉を重ねる。
「『おかしい』って言うのは……ちょっとあまりにも常識的でなかった、ということなんだけど……これでもちょっと勘違いされそうね。そうね……なんだかキャメロンの言動は、わざと周囲の反感を買って騒動を起こそうとしているようにも見えないかしら? ってことなんだけれど」
「……たしかに、そういう見方もできなくはないと思います。でも、生粋のトラブルメーカーという可能性もあるんじゃないでしょうか」
「トラブルメーカーにも色々あるわよね。意図的なのか、そうじゃないのか、とか」
「うーん……キャメロンの起こしたトラブルの数々が意図的ではない、と言うのは流石に通らないんじゃないでしょうか……」
「だから、ちぐはぐなのよね。意図的にトラブルを起こしているように見えるのに、なぜか今のキャメロンは憔悴しきっている……。こういう結果になることが見えていなかった、と言われればそれまでだけれど」
「うーん……」
イヴェットに指摘されてレンは考え込んでしまった。キャメロンは本当に今現在の結果になることが見えていなかったのだろうか? もしそうであれば底抜けの阿呆ということになる。だが短絡的に魅了魔法を使ったところからも、あまり頭が回らないのではないかという疑念をレンは抱いていた。
一方で、あまりにお粗末すぎる、という印象もあった。ベネディクトに魅了魔法をかけて失敗し、そのあとすぐにアレックスにまた魅了魔法を仕掛けた出来事などが、そうだ。失敗に失敗を塗り重ねて、その果てに現在罰則を受けている真っ最中なわけである。
これらの状況をイヴェットが不自然に思い、腑に落ちない思いを抱いているのは、当然と言えば当然であった。
「イヴェット先輩は……なにか裏があると見ているんですか?」
「半分は、そうね。でも確証があるわけじゃないし、なによりキャメロンのことが心配なのよ。周りは放っておけって言うけれど……彼女はなにか、確実におかしいもの。事情があるのだとしたら助けになってあげたいと思って」
イヴェットのその懐の深さに、レンはちょっと心を動かされた。さすがは寮長を任されるだけのことはあるな、と感心する。
「もちろん、レンはキャメロンの被害者。いい感情を抱いていないのは承知しているけれど……」
「えーっと……キャメロンの様子を見ていればいいんですか?」
「話が早くて助かるわ。ほとんどみんなキャメロンを目の敵にしていて、他の寮生には頼めないから……」
「……いいですよ。キャメロンの変な言動は私も気になっていましたから」
「助けてあげてとは言えないけれど……様子がおかしくなったら私に知らせて欲しいの。私が出来ることはそう多くはないと思うけれど……寮長として、寮生は助けてあげたいという気持ちがあるから。……どうか、おねがいね」
イヴェットになにかと気にかけられている恩返しのつもりもあったが、大部分は個人的な好奇心が理由だ。レンはイヴェットに向かって力強くうなずいた。
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