第5話 人間界で第二の人生を

 俺が魔王として君臨していたとき、人間との争いに終止符を打つべく単身で人間の都に出向いた。

 そこで交わされた条約は、

 1.俺が魔王である限り人間の居住区に対し、魔王軍での侵攻は行わない

 2.同じく人間も魔王軍の居住区に対し、侵攻は行わない

 3.魔王軍と人間は、お互い進んで干渉しない

 という内容だった。

 知能無き魔物は魔王軍に限らないなど、細かな注意事項もあったが、お互い納得し取り決めと至った。


 会合が終わり城を出ると、周りに集まった人々にジロジロと見られた。

 よほど魔王が珍しいのか家族を魔物によって殺されたのか分からないが、様々な感情が人々から感じとれた。

 人々の目に晒されるのは気分の良いことではないが、こちらにも非はあるので甘んじて受け入れた。

 そんな中、一人の少女が駆け寄ってきた。


「あっ!ちょっとそっちは!」


 近くにいた父親らしき人物が声を上げ、少女の遠い背中に手を伸ばす。


「あなたがまおうさまですか?」


 俺の前に来た少女は話しかけてきた。


「そうだ」

「おとうさんがいってた!これからこわいおばけがこないって」


 少女は振り向き父親に笑顔を向けた。

 父親はバツが悪そうに俺に頭を下げた。


「それでね、これ、まおうさまにあげる!おとうさんがほしいものにとーしするんだよっていってた!」


 少女は小さな袋から取り出した金色の豚の形をした置物を俺に見せ、振ってみせた。

 チャリチャリと音が鳴り、おそらくそれが金貨か銀貨の音であろうと気付いた。


「とーし?投資のことか?」

「そう、とーし!このぶたのちょきんばこでほしいものがかえるんだって!」

「欲しいもの?俺の身に付けてるものが欲しいのか?」


 大剣と兜は置いてきている俺は、鎧を指差し「これか?」と身ぶり手振りで聞いてみた。


「ちがうよー!わたしのほしいものはへーわ!みんなわらってるのがへーわなんだって!まおうさま、これでへーわをください!」


 この子は幼いながらも賢いなと思い、自然と笑いがこみ上げてくる。


「はっはっは。そうか、平和が欲しいか。分かった、受け取ろう」


 俺はその豚の形をした貯金箱とやらを受け取り、しゃがみこんで少女の頭に手を乗せた。


「俺が君から受け取ったということは契約成立の証だ。これからはみんな笑って暮らせるだろう。欲しいものが手に入ってよかったな」


 そう俺が言うと少女は満面の笑みで頷いた。

 それを見た父親がようやく駆け寄ってきて、俺に「うちの娘がでしゃばった真似をしてすみません」と言って手を握り連れていった。

 魔王と契約を交わした幼き勇者は振り返り、手を振ってきた。

 俺は立ち上がり、敬意を示す意味でも手を胸に添え礼を返した。


◇◇◇◇◇


 そんな思い出が貯金箱を手にした時に蘇ってきた。

 貯金箱を丁寧に袋へしまい、鎧を地に埋める作業を再開した。


「第二の人生を人間と共に過ごしてみるのもありだな」


 なんとなく人間に興味があった。

 俺が魔王である限り、お互い干渉しないと固く誓っていたので人間のことなど詮索しなかった。

 しかし、敗北を喫した俺はもう魔王ではない。


 俺はその日、人間の居住区で余生を過ごすことに決めた。

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