十月一日 くめじまとゆげしま

弓哉ゆみちかちょっとついてきて」

艦艇公開の日の短い昼休憩、久哉はそう言って当たり前のように俺の首根っこを捕まえて引きずっていく。

「よっちゃんのお土産買うから」

「……拒否権ないんでしょ?」

「ピンポーン」

この兄は愛する奥さんが大好きだ。そして、そのために弟を巻き込むことについて決して躊躇しない。ため息をつく暇もなく、適当な土産屋に入る。中には定番の尾道ラーメンから妙ちきりんなおもちゃまで、そのどれもが行儀よく棚の上に並んでいた。

「弓哉、尾道といえば?」

「ラーメン」

「だよなー」

久哉は俺の当ても外しもしない答えに満足したらしく、数種類のラーメンを適当に掴んでカゴに放りこんだ。女性一人にプレゼントするにはやけに多い気がする。

「久ちゃん、ちょっと多くない?」

「んー、淡雪にもやるからな」

「あ、そうなの」

約半年前にすぐ上の兄前哉せんや、それに丈喜ともきが竜宮に行ってからは機雷艦艇の兄貴だからとか何だか言って、淡雪あわゆきを始め後輩を以前よりも気にかけるようになっている。若干無理はしているようだが、その辺は愛しのよっちゃんに癒されているようで特にストレスは溜まっていない様子だ。

「ねえ、久ちゃん。よっちゃんにもラーメンなの?」

「あー……食べたらなくなるもんな」

久哉は少し悩んでから黒ネコがプリントされた薄紫のハンカチを手にとった。

「なんかお土産にネコ多くないか?」

「気のせいじゃない?」


 やっと秋の気配を感じ始めた神無月の始め。今日も尾道には猫が居る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る