令和三年

三月三日1000 もがみの進水

トリガーを取り除くハンマーの音が響く。支綱が切られ、シャンパンの瓶が舳先に当たって割れる。青空に上っていく風船、綺麗に割れた紅白のくす玉から下がるカラーテープ、眼前に陸、背中に背負った海へ艦が滑りいく。全ての風景が輪郭と存在感を持って自分の中に飛び込んできた今日。何もかもがめでたくて、何もかもが鮮やかで、大海への期待で胸が膨らんだ時に、自分が生まれてきた意味を理解した。


『全ての役目が終わる、その時まで何があっても死んでいけない』


「おめでとう【もがみ】。今、この瞬間にお前の航海が始まった。胸を張っていけ」

「楽な航海じゃないかもしれない。それでも僕たちは君の幸福を願っているよ」

二人の【座敷童】が自分の、【もがみ】の手を一つずつ取って言祝ぐ。進水する前からたくさん苦労をかけた。なんせ前例のない艦の一番艦だ。自分の知らないところでたくさん迷惑をかけたのだろう。心なしか二人の【座敷童】が安堵しているようにも見えた。

「おめでとう【もがみ】」

先に生まれた弟【くまの】が俺に一輪の花を差し出す。白い大きな花びらは黒っぽい花芯を中心に、さらにそれに向かって少しだけ紫のグラデーションになっている。可愛いと素直に思った。

「これアネモネっていうんだよ」

花の名前を告げた【くまの】は少し照れ臭そうに笑う。

「ありがとう」

俺の口から出てのはたったの五音。言葉としては知っていたが、ちゃんと意味を理解して使ったのは初めてかもしれない。

「どういたしまして!」

【くまの】は俺にそっくりな顔をくしゃくしゃにして笑った。


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