2.獄卒社会の表裏

 ふと、ユーレッドが息をつく。隠れていたスワロが恐る恐る顔を出した。

「お前、いい度胸してんな。あそこであいつに声かけられるか、フツー」

 ユーレッドが苦笑気味になる。

「いい加減、慣れましたよー」

 タイロは、困惑気味に微笑む。

「俺が声かけないと、雰囲気ヤバすぎでしょ。そりゃ、俺も怖いですが、いたたまれないし、できるだけ和ませますよ」

 ふーん、とユーレッドはしみじみと感心する。

「俺な、お前のそういうトコ、結構、偉いと思うぜ」

「えへー、ユーレッドさんに褒められると、嬉しいですねえ」

 あれから、ユーレッドとインシュリーは、何度も顔自体は合わせている。表向きは平穏だ。

 というより、ユーレッドの側がかなり自重しているようだった。ユーレッドとしては、どうもタイロに気を遣っている面もあるようで、タイロのためにもぐっと抑えているらしい。

「流石にお前には何もしねえと思うが、アイツはわからねえからな。俺が暴発のきっかけを作るわけにはいかねえよ」

 ユーレッドは、冷淡な性格だが、一度仲良くなると結構過保護な一面もある。ボディガードの仕事をした方もあるらしく、その辺の気遣いが意外にも細やかなのだ。

 特に、インシュリーについては過去の経緯から十分すぎるほど警戒していた。

「でも、ま、新米の割に頑張ってると思うぜ。あれやられると、あいつも手を出しにくいし」

「本当ですか? えへへー」

 褒められてタイロは調子に乗りつつ、にこにこする。

「俺、意外と獄吏向いてるかもですね!」

「すぐ調子に乗るよな、お前」

 そんなタイロに見せかけは若干呆れて見せつつも、ユーレッドは、本音のところではそういう彼が嫌いではないらしく、眼差しが優しかった。

「そういや、訓練で怪我した奴が運ばれた医療棟、どこにあんのかも教えてもらえねえって本当か?」

 ユーレッドが不意に話を変えて尋ねてきた。

「ハブがそんな噂を話してたぜ」

 ユーレッドは討伐訓練を手を抜いた上で、ソツなくこなしてしまうが、それは獄卒の誰もができることではない。

 この訓練にはそれなりに怪我人も出ている。

 本来、彼ら派遣されてきた獄卒は、E管区の所属獄吏であるタイロやメガネの先輩が管轄するはず。しかし、負傷者の搬送はマリナーブベイの獄吏達が担当していた。しかも、メガネはともあれ、タイロは下っ端で関わらせてもらえないのだ。

「そうなんですよ。あの仮面の人たちが運んでくれるんですけど、問い合わせても教えてもらえないんです」

「ふーん、医療棟の位置を教えないとか、気になるな。何の目的だ? アイツら」

ユーレッドは、目をしばかせる。

「何の目的なんでしょう。俺、一応引率だし、お見舞いに行こうと思うんですけど、場所すら教えてもらえないし。メガネ先輩やチーフに聞いたら、気にすんなって」

 タイロはちょっと目を伏せる。

「俺の管轄の獄卒の人で、怪我する人がいるのは、なんか辛いですね」

「はァ? あんな虫ケラ以下のやつ、お前は気にかけんなって」

 ユーレッドはその辺かなり辛辣だ。

「獄卒に情かけると、ロクなことにならねえぞ。見舞いとか行くな。行くだけ無駄。そんな価値なしだぜ?」

 ユーレッドは続けていう。

「あんな雑魚相手に負傷するとか、クズだぞ。どうせ、怪我人の中に、禁止薬物吸入とか、はたまた金がなくて調達できなくなって禁断症状で倒れるやつも含まれてるんだ。元々キレる寸前だったやつで、ここにきて精神症状が悪化するやつとかいるんだし、気にするだけ無駄。そーゆーやつはな、別に訓練がなくても勝手に自滅する奴らだぞ。気にすんな」

 ユーレッド自身も獄卒ではあるが、多分彼はなんらかの事情のある特殊な獄卒だ。それに下級であるLOWの地位とはいえ、プライドも高い戦士階級のWARR出身。そして、問題児ながら彼は実力はエースなのだ。そんなことから、大抵の獄卒のことは見下している。

 獄卒の素行不良の度合いを思えば、ユーレッドの対応も至極当然なのかもしれないが。

「で、でも、稀にハブさんみたいな気のいい人もいますしー。少しくらいなら」

「あー、ハブな。アイツは、まあ、獄卒の中じゃ特殊だぞ」

 ハブはユーレッドの遊び仲間だ。特にユーレッドとも、それなりに親しくしている。

 ちょっとファッションセンスがおかしな、しかし、獄卒にしてはコミニュケーション能力の高い、話のわかる男である。タイロに対してもまあまあ親切で、善人とも言い切れないが人は悪くなさそうだ。

 ただ遊び好きで金遣いが荒く、しかも性格がやたらと軽い。

 その名前を聞いて、きゅ、とスワロが不満そうに鳴いた。ユーレッドは苦笑する。

「スワロはアイツが嫌いだもんな」

「そうなんですか?」

「俺をなんかと悪い遊びに誘うだろ、あいつ。だから、スワロには嫌われてんだよ」

 彼はまだユーレッドを、"おねえさんのいるあやしげなお店"やらに誘っているらしいが、そこについてはユーレッドは断っているらしい。

 隣でスワロが睨んでいるせいもあるが、そもそもユーレッドは色気のある女性はそんなに得意でないらしいし、第一。

(まあ、ウィステリアお姐さんとかいるし、スワロちゃんもいるし、絶対、行かない方が良さそうだけど)

 ユーレッドは、恋愛沙汰には非常に鈍い。

 性別がわからないアシスタントのスワロや、身分差も年齢差もあるお姫様アルルのことは、まあ百歩譲って置いておいても、あのレディ・ウィステリアからも、明らかに好意を持たれているというのに、本人は真剣にはとらえていないらしいのだ。

 曰く「あれは何かの気の迷いだって。俺はそんな良い男じゃねーし。あいつはいくらでも男選び放題だから、本気じゃねえよ」とか。

 ウィステリアお姐さんが怒る気持ちは、別に気のつく男でないお子様のタイロでもうっすらわかる。金属バットで襲われても仕方のない鈍感さだ。

(ユーレッドさん、マジで鈍いんだなー)

 自分も他人のことは言えないけれど。

(でも、遊びに行ってなくてよかった。ウィス姐さんどころか、スワロさんとも雰囲気険悪になりそうだもんね)

 ただ、カジノに誘われた時は本当は行きたかったらしいのだが。スワロが本気で睨むのでユーレッドは自重したらしく、結局、その夜にタイロと飲みに行った。

 とにかく、スワロにとって、彼はユーレッドを悪い遊びに誘うとっても悪いやつなのだ。スワロがタイロと遊んでいて欲しがるのは、その辺の事情もあるのだろう。

「まあ、でも、ハブはなー。実際、そんな悪いやつじゃねえんだよ。性格も悪くねえし、まあまあ可愛げはあるし」

 ユーレッドがいう。

「つーか、アイツは、獄卒連中の緩衝材みたいな役割のところがあるからな。ここに来たのも、そういう役柄だろ。アイツが間に入ってガス抜きしてると暴動起きないから、管理側からも便利だぜ」

「確かにそうかも」

 ハブが周りを遊びに誘っているので、彼の周りの獄卒からは不満が少ない。ハブとまあまあ仲良くしているせいか、タイロのいうことも渋々聞いてくれる感じだ。

 とここまで来て、タイロはちょっときょとんとする。

「しかし、そう考えると、ハブさん、なんで獄卒になったんですかね。実はめちゃ悪いことしたんですか?」

「そんな大それたやつじゃねーよ。賭博がらみの軽犯罪だな、アイツの場合。借金で首が回らなくなって、身売りして獄卒になったんじゃねーか」

「えー、そういうのもあるんですか?」

 市民が獄卒に堕ちる理由は、裁判による決定で、てっきり消滅刑か無期懲役との交換だと思っていた。

「奥が深いなあ」

「ばーか、深いのは奥じゃねえ、闇だぞ」

 ユーレッドが苦笑する。

「まあしかし、そんなに悪い手じゃねえのよ。金作るのに傭兵になると、マジでそれなりの危険が伴う。身体改造ナシだと、腕が良くないと即死ぬからな。獄卒になった方が、まあちょっとやそっとじゃ死なねえし、まだ身の安全が保証されるぞ」

「でも、耐用年数五年とか、絶対嫌ですよ」

「それはやりようってもんだろ。獄卒社会は実力主義だぜ。ここの実力とは、単なる腕力や戦闘能力のことじゃねえ。当局に必要とされるか否かだ」

 ユーレッドは、意外まともなことを言う。

「だから、ベール16もそうだが、それなりに理由や役割があるやつは、ソコソコ長生きできるんだぜ。アイツはアレで弱くはないし、さっきも言った通りの緩衝材。タチの悪い獄卒とお前ら獄吏や優良獄卒を繋ぐって意味じゃ、必要な男なんだよ。だから、アイツは絶対に長生きする。評価UNDERなのは、ハンティング実績がビミョーなのと、派手にCTIZのヤクザどもと賭博して、なんかと表沙汰になって減点されてるからだな」

「ほえー、なるほど。確かに闇が深い!」

 タイロが感心する。

「アイツがイカレてるのは、ファッションセンスだけだ」

(それはユーレッドさんも、他人のこと言えないー)

 スワロが同じことを考えているらしく、じーっとユーレッドを見る。今日だって、なんだかよくわからない柄物のネクタイが目を引く。いうと怒られそうなので、言わないけれど。

「なるほどー。ユーレッドさんみたく強くなくても生き残れる獄卒には、そういう理由があるんですか」

「一部のはな。ま、俺もアイツのことはウゼぇがそんなに嫌いじゃねえから、目の前で死なれても寝覚めが悪いんでな。要らねえ実績をくれてやったり、助けたりもしてる。他にもそういうやつはいるんだろ」

 ユーレッドの"そんなに嫌いではない"は、かなり気に入っているということだ。

「ハブさん、得なタイプですねー!」

 ふっとユーレッドが笑う。

「奴もお前だけには言われたくねえだろうよ」

 ふと、ユーレッドが顔を上げる。ユーレッドは右の視野が狭い分非常に耳が良い。釣られてそちらを見ると、ちょうどタクシーが来ていてメガネ先輩がやってくるところだった。

「あー、そろそろ時間かあ」

「だな」

 それを契機にしたように、ぞろぞろと獄卒達が休憩所から出てきていた。ダラダラしてやる気がない。

「おーい、ユーレッド!」

 噂をすれば影。向こうで他の獄卒と世間話をしながら外に出てきたハブが、めざとく彼を見つけて声をかけてくる。

 ユーレッドはやれやれと肩をすくめた。

「あーあ、またかよ。うざってえなあ」

「あ、あの、ユーレッドさん。折り入ってお願いが……」

 ふらっと歩きかけるユーレッドに、タイロが遠慮がちに声をかける。気怠く振り返り、諦めたようにユーレッドが肩をすくめた。何を頼まれるのかわかっている顔だ。

「しょうがねえな。ま、引率のセンセイとしちゃ、怪我人でるのも顔に泥塗られるようなもんだろうからな。お前が怒られるのは俺も忍びねえ」

 タイロは、思わず安堵する。ユーレッドは頭をかきやりつつ肩をすくめた。

「しょうがねーから、俺の趣味じゃねえが、手の届く範囲の負傷者は減らすようにしてやるよ」

「本当ですか! ありがとうございます」

「ちッ、本当にしょうがないからだぞ!」

 ユーレッドは舌打ちして、さも面倒そうにいうのだが、それが本心ではないのはタイロにはもう簡単にわかるようになっていた。

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