「全体1位」という肩書き。

 相手先発のカーペンター氏。昨年9月にメジャーデビュー。3年目の今期は今期は開幕をメジャーで迎え1勝を挙げたものの、その後クオリティ・スタートに連続して失敗。AAAに送り返されたが、このチームでは先発の柱となっている。


 「マイナーの帝王キングだな。」

デズが悪口を言う。

「なんだよ、俺の悪口とは良い度胸だな。」

先発のウェズがぶっきらぼうに言った。


 彼も昨年のアクティブロースター拡大からメジャーからお呼びがかからずここまで先発ローテを守っている。

「健みたいな『エリート様』にはわからんだろうがな。俺たちには俺たちの意地があるんだよ。」

「いやいや、ウェズだってドラ2じゃん。俺なんかもっと下だからな。」

ちなみにデズはドラフト10位(全体289位)。


 アメリカのドラフトは日本と違って完全ウエーバー方式なのでたとえドラフト1位でも「全体○位」というのがつきまとう。選手のプロフィールにも必ず書き込まれる。一生ついて回る「肩書き」なのだ。


 「それ言うたら健なんか『全体1位』様だぞ。あー、なんか腹立つ。」

なんでやねん。そんなんプロで結果出してナンボでしょうが。考えてみればマイナーリーガーならさらに「プロスペクトランキング」もついて回る。最近、ヘル吉がレイズ傘下投手部門2位になってニヤニヤしてた。


 ただ思ったよりこの「肩書き」はしつこくつきまとう。多少活躍しても当然視されるわ失敗すれば騒がれる始末。しかも日本人の記者さんたちには「日本人史上初」の肩書きまでさらに上乗せされる始末。


 もっとも、俺に対して良く思わない選手もいるわけで結構難しい。例えばレナードがそう。俺が来るまでは三塁手の定位置があったが取り上げられてしまう。

一昨年まで5シーズン連続で40人枠ロースターにいたという自負もあり、ルーキーである俺に譲るのは面白くないだろう。


 「いいなぁ。全体1位は優遇されていてよ。」

俺に聞こえよがしに言うこともあるしベネズエラ出身なのでスペイン語で毒づくこともある。


 そう、ここはメジャーに登っては叩き落とされることを繰り返す「地獄」なのかもしれない。


「そりゃそうだ。二度と帰ってくるもんか、と誓ったところに突っ返されんだからな。天国を知ってるだけにこの地獄の苦しみはひとしおだろうな。」

ジョシュが涼しい顔で言う。そういやアンタも確か「高卒・全体1位」だったという話だったのでは?


「そうだっけ?だいぶ昔のことだから忘れてしまったよ。」

またはぐらかされた?


 ただ、俺もちょっと疲れのピークだった。AAAに上がり、モンゴメリーの時のようにマフィン家みたいなサポートがあるわけでなく、しかも「人生初」の「先発」転向。さらに休みもほぼない連戦続き。移動は長いしメシもイマイチ。精神的にいっぱいいっぱいなのは確かだ。


 試合の方だが、なんとか打ってやろうという気持ちが空回り。ソロ本塁打が1本出たものの、あとは外野フライを打たされているという感じ。要所要所しめられてチームも初戦を落としてしまう。個人的にも消化不良な感じに。


 「健、疲れが出てるか?」

 試合後にもらったチーズステーキを宿舎モーテルの部屋で食べているとクリフとジョシュに声をかけられる。


「まぁ、それなりに。」

俺は二人に連れられてチェーンのファストフード店へ。

「お前は調子を落とすと一発狙いに走るからすぐわかるんだ。まぁ狙って打てるんだからそれはそれで大したものだがな。


 ただ試合には流れがある。今日のお前の一発は投手にダメージじゃなくてリセットを与えてしまった。そこらへんを理解しないとメジャーに上がってもすぐにつっかえされるぞ。

……まあ俺が言えた義理じゃないが。」


 俺は言いたいことは理解できた。

「おっしゃる通りですよ。俺も先発転向で余裕がなくなっているんだと思います。長いイニングを投げて試合を作る経験がこれまでなかったんですよ。」


「なまじっかボールが速いから、がむしゃらに投げておけば抑えクローザーはなんとかなることは多いからな。」

ジョシュが相槌をうつ。


「いや、健は制球コントロールがいいと思う。だから先発も十分に行けるはずだ。三振を狙わんでいいから打たせてみろ。他の球団はさておき、ウチの外野守備はリーグじゃいちばんまともだぞ。やっぱり『全体1位』がプレッシャーか?」


 ちなみにクリフはドラフト19位(全体519位)だそう。

「正直言ってありがたみはわかんないです。だって日本人だし。」

 これまではどこでやっても「同じ」野球だと思っていた。ただ日本の3倍の人口がいるアメリカという国ではスポーツの裾野は恐ろしく広大で、それに合わせるようにその頂点いただきもまた恐ろしく高いのだと。


 そしてAAAここはその高大な山の「九合目」。決してなめてかかってはいけないのだ。そして果敢にアタックする先輩たちの背中からも学ばなければならない場所なのだ。



 




 



 

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