第22話 ゾーン
まるでダメ男《お》の兄が不在のだった公開リハーサル。
玲達はメインボーカル抜きのステージを無事に成功させた。
『思ったよりも出来が良いので意外だ』というの感じの話しを友人から聞いてきた正樹の話にメンバーは安堵していった。
その後。
皆で楽器を視聴覚室に戻している時に、翔はスマホを取り出した。
「ところで正樹。明日の登山は任せたぞ」
「おう!優介は引きずっても頂上に連れていくから。心配するな」
「だが。同じ時間帯に遠泳しているのは不自然かな……玲?どう思う」
うーんとロダンの考える人のポーズの翔を前に玲は、はっきり言った。
「大丈夫ですよ。証明書には時刻まで記載されませんし。それにいいじゃないですか?学校祭後にばれても、お兄がやり直しをすればいいのだから」
登山といっても森林公園内のハイキングコースのレベルの山。
登山証明の判は、審判員を兼務している休憩所のおやっさんにもらうということだ。
湖の遠泳証明は、やはりボート小屋のおやっさんが審判をすると翔は言った。
「よし、遠泳も予定通り日中に行う。隼人は勉強の方だな。まだ全然なんだろう?」
「ふう。俺の本気を見せる時が来たか……。まあ。任せてくれ」
こんな彼らを前に玲は兄の勉強が心配になった。
自分は遠泳をするので彼女は仲間に相談した。
「あの。みなさん。もし良かったら、明日の夜はライブの前だし。僕の家に泊まって、お兄を見張ってくれませんか」
「……それはありがたいが、家の人はいいのか?」
翔の言葉にみんなが玲を見た。
この心配に対し玲は両親は長期休暇で田舎に行って不在であり、きょうだいで過ごしていると話した。
「それなら俺は家が近いから、登山の後に家に寄ってから鳴瀬家に行くか。隼人はどうする?」
正樹はそう言って、よいしょ、とカバンを担ぎ玲の肩をポンと叩いた。
これを見た隼人も、うーんと背を伸ばして言った。
「わかった!じゃ俺も夕方に鳴瀬家に行くよ。課題は絶対、朝までは終わらせるから」
「頼りにしています。あの翔さんは?」
「俺も明日はバイトが無いから、朝から一日、お前に付き合う」
「よかった……」
こうして一行は学校を後にし、各自家路に付いた。
そして夕飯の買い物を済ませ家に着いた玲は、リビングを見渡した。
「ただいま……ん。お兄《にい》はどこ?!いつものソファにいないし……制服も脱ぎ散らかしていないし」
不思議に思った彼女は家の中の兄を探した。
「お兄!お兄?」
「……チルチル、ミチル……ブツブツブツ」
すると二階の彼の部屋から、かすかに声が聞こえてきた。
「まさか?本を読んでいるの?お兄、入るよ?」
すると優介は彼女に背を向けて本を読んでいた。
「散るや散る……花満ちる……お?玲、帰ったのか」
「お兄が勉強している……。うそでしょう?机を使っているの?」
玲は兄が制服姿のまま机を使って勉強をしている姿を目にびっくりしていた。
「パパとママ、いや机が喜んでいるよ……え?もしかして、一人で勉強をしていたの?」
「おう!これは、なんだ?短歌?呪文じゃないのか……」
玲に言われるまでゾーンに入っていた優介は、自分が何の勉強をしていたのかわからないくらい夢中になっていたのだった。
「お兄!やればできるじゃないの」
「当り前だろう!今度が数学か。素因数分解……」
私の言葉も聞こえないくらい兄は課題に向かっていたため、彼女はそっと部屋を出た。
そして兄の事を信用していなかった翔へ、この様子をメールで報告した。
「……あれ?返事がもう来た。バイト中のはずなのに」
そこには明日の遠泳の待ち合わせ時刻と注意事項と、なぜか投げキッスしている執事喫茶のロッシと一緒に撮った画像が貼ってあった。
「翔さんは嫌な顔をしてるし?フフフ、執事喫茶のバイト、懐かしいなー」
そんな思いを胸に彼女は明日の兄の登山の支度を整えた。
その後、夕食を食べた兄は再び部屋にこもり、遅くまで勉強をしていた。
翌日。
朝の五時にお兄を起こした玲は寝ぼけている優介に弁当を持たせ、正樹との待ち合わせのバス停までやってきた。
「正樹さん!おはようございます」
「おはよう。今日も暑くなりそうだな」
彼は登山用なのかポケットのたくさんついたベージュのパンツに、チェックのシャツを着ていた。
「ふああ。ねみい」
対して兄は学校のジャージはまだ寝ぼけてここがどこだか良くわかっていなかった。
「玲。優介は俺に任せてさ。お前は遠泳頑張れよ!終わったら家に行くから」
「はい。正樹さんもお気をつけて」
やがて二人が乗る森林公園行きのバスがやってきた。
その時、玲は正樹に、お弁当の包みを渡した。
「はい。これ、よかったらおにぎり食べてください」
「おう!」
「いってらっしゃいー」
バスに手を振り、二人を見送った彼女は家に戻って行ったのだった。
「今度は私の準備だな」
泳ぐ準備は済んでいるが一番の問題は今夜はこの家に男の人が兄を含めて四人も泊まるという事だった。
布団の用意は昨夜の内にすませたし。問題は食事だった。
……きっとものすごく食べるに違いない。
……この前は炊き込みご飯を隼人さんに食べてもらったから。今度は違うものが良いよね……こういうときは……カレーだな。
遠泳から帰宅後の自分は、ものすごく疲れているから、今のうちに煮込んでおこうと決めた彼女は、不足分はピザでも取ればいいと決めて料理を始めた。
そして料理の仕込みを終えた彼女は、リビングの見られては困る写真等を自室へ移動させ、女の子っぽいものも隠して行った。
こうして準備を済ませた彼女は、後は水着を着れば良いだけになっていた。
しかし。
その時、チャイムが鳴った。
「え。隼人さん?」
来るって聞いてないのに。
つづく
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