第36話 第4階層 ダンジョンのボス その7


「でも……最期の瞬間もキミとこうして一緒でボクはうれしいよ。だってボクはキミの絶対的味方だもん」


 ホノカはハヤトの胸に頭を埋める。


「ホノカ……。いつも助けてくれるのはありがたいけど……なんでここまでしてくれるんだ?」


 ハヤトは今までずっと疑問に思っていたことを聞く。


「簡単なことだよ。ボクが感じたあの気持ちを、ハヤト先輩にも知ってほしいからさ。消えることのない心の松明。今だってボクの心を照らし続けているんだよ」


 ホノカは自分の胸に手を添える。


「あの気持ち? なんのことを言ってるんだ?」


「2年前のことさ。キミが中学3年生、ボクが2年生だったとき、キミは突然、ボクの教室に乗り込んで来たじゃないかい」


 ホノカは2年前の出来事を語り始める。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「ホノカさん、あなたがやったんでしょ!? 体育の前にあなたが更衣室を最後に出たのよ?」


 鋭い声が教室内に響く。

 声の主は派手な見た目の女子生徒。

 ホノカを睨みつけている。


「ボ、ボクじゃないよ……ボクがクラスメイトの財布なんて盗むわけないじゃないかっ!」


 ホノカは椅子から立ち上がる。


「でもな~ホノカ、体育の授業のあと、4人も財布がなくなった生徒がいるんだぞ? 先生には盗難があったとしか考えられないんだがな~」


 メガネをかけた中年教師は腕を組む。

 ホノカを疑いの目で見つめる。


「そ、そんなっ! 先生まで……。でもボクじゃない。ボクはそんなことしないよ!」


 ホノカは首を横に振る。


「そうはいってもな~。体育の授業中に途中で抜けた生徒はいない。体育のあとに4人の財布が更衣室でなくなった。そしてホノカ、お前が最後に更衣室を出たんだろ?」


「そ、そうだけど……」


 ホノカはうつむく。


「さっさと吐けばいいのに! こっちは早く帰りたいのよ」


 クラスメイトのひとりがボソッと呟く。


「早く帰りのホームルーム終わんねぇかなー。部活行かねえと部長に怒られちまうよ」


「ホノカさんがねー意外だよね。でも……ああいう清純っぽい子に限って裏ではいろいろやってるのかもね」


 クラスメイトたちがひそひそ声で話す。


(ボクじゃない……ボクじゃないんだよ。なんで誰もボクを信じてくれないんだっ!)


 ホノカは心の中で呟く。

 うつむいたまま、拳をギュッと握り締める。


「ホノカ、いいか。ここで正直に言えばこれ以上おおごとにはならない。ホームルームだってすぐ終わる。だが今ここで犯人が見つからなかったら、警察に被害届が出されたり、より大きな問題になってしまうんだぞ。分かるな?」


 教師はホノカの前に立つ。


「ぼ、ボクじゃ、ないんだよ……」


 ホノカは弱々しく答える。


「早く言え!」


「帰らせろ」


「めんどくせーな」


 クラスメイトのひそひそ声がホノカの心に突き刺さる。


(そんな……ボクじゃないのに……ボクには誰も味方がいない。ボクには居場所がない。クラスメイト全員がボクにやったって言わせようとしてる)


 ホノカは自分が価値のない人間に感じる。

 悲しくって目に涙がにじむ。


「さあ、ホノカ、正直になるんだ」


 教師はホノカの肩に手を置く。


(誰か助けて)


 ホノカの瞳から一滴の涙がこぼれる。

 涙が机の上に落ちたとき――


 バンッ!


 乱暴に教室の扉が開く。


「ふざけんなぁー!! ホノカがクラスメイトの財布を盗んだだと!? ホノカはそんな奴じゃねぇぇぇ!!!」


 ハヤトは教室に入るなり叫ぶ。


 クラス全員がハヤトに視線を向ける。


「キミは3年のハヤトくん? なんで2年の教室に!?」


 困惑する教師。


「俺とホノカは小さいころからの幼なじみだ! こいつがどんな奴なのか俺は知ってる! 真面目で優しくて、誰よりも他人の気持ちを大事にする!! そんな奴がクラスメイトの財布を盗むわけねえだろ!」


 ハヤトは怒鳴りながら教師の胸ぐらをつかむ。


「離せ、バカもの!」


 教師はハヤトの手を払おうとする。


「嫌だねっ! ホノカが財布を盗んだ証拠はあるのか? あいつの財布の中身を調べたのかっ!?」


「いや……まだ調べてないが……そんなものどこかに隠せるだろ?」


「どこかってどこだよ!? カバンの中でもロッカーの中でも全部探してみろよ! 盗まれた財布なんて絶対見つからねぇからっ!! ホノカはそんなこと絶対にしねぇんだよ!!」


「う、うるさい! いいから手を離せ! 高校推薦を狙ってるお前には今は大事な時期だろう? 教師の胸ぐらをつかむなんて内申点に響くぞっ!!」


 教師はハヤトの手を引き離そうとする。


「うるせぇ!! 今はホノカの話をしてんだよ!!」


 ハヤトは教師のシャツを力いっぱい握り締める。


「おい、ハヤト! 落ち着け!」


 駆けつけた体育教師がハヤトを後ろから羽交い締めはがいじめにする。

 ハヤトはそのまま教室の外に連れだされる。

 教室から出るとき、ハヤトはホノカと目が合う。


「ホノカ! お前がそんなこと絶対するわけねぇ! 俺はお前を信じてる!!」


 ハヤトは大声で叫び教室から去って行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「あのときボクはキミの言葉に救われたんだ。世界にたった一人でもボクの味方がいる。ボクはここにいていいんだ。自分は価値のある人間なんだって認められた気がしたんだよ」


 ホノカは自分の胸に手を添える。


「俺はただ……キレて言いたいことを言っちまっただけだ」


「それでもいいんだよ。たった一人でも自分の味方がいる。それがどれだけ嬉しいか。どれだけ心強いか。真っ暗だった部屋がパッと明るくなった気がしたんだよ。あのときキミはボクの心を照らしてくれたんだよ」


 ホノカは微笑む。

 言葉を続ける。


「ボクはキミにもこの気持ちを知ってほしいんだよ。今度はボクの番さ。キミはいつだって一人じゃない。キミには絶対的味方のボクがいる。キミの世界が真っ暗になったなら、ボクの心の松明でキミの世界を照らしてあげるよ」


 ホノカはハヤトをギュッと抱きしめる。


「ホノカ……」


 ハヤトもホノカを抱きしめる。


「キミはあれが原因で高校推薦を諦めたんだろ? 教師を怒鳴るヤバい奴だって噂になったんだろ。ボクのせいで……ごめんよ……」


「別にお前のせいじゃねぇよ。後先考えずにキレちまう俺のせいだ。結局、犯人は他のクラスの奴だったんだろ? お前は何も悪くねえ。それに、今はヨウスケ、レンタロウと毎日楽しくやってるぜ! ダンジョン攻略も最下層まで来れたしな!」


 ハヤトは親指を立てる。


「でもっ! 推薦で狙ってた高校は名門校だろ!? せっかくチャンスがあったのに……」


 ホノカはハヤトの服をギュッと握り締める。


「そんなんどうでもいいよ。名門校に入学してもやっぱり、ネトゲ廃人になって、モテない男子たちとつるんでたと思うぜ。それにさ、あのときああ言わなかったら、『なんで俺は本音が言えなかったんだ』ってこの先ずっと後悔してたと思うんだ。だから俺は、今の生活にけっこう満足してんだぜ」


 ハヤトはニッコリ笑う。


「ハ……ハヤト先輩!!」


 ホノカはハヤトの胸に顔を埋める。


「見つけたぞ! ネズミみたいにチョロチョロ逃げおって!!」


 デュラハンが暗がりから現れた。


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