第6話 ヴォルフの太刀(1)

 ブルターク家の使用人であるセリーナを乗っ取っていた四つ目兎との遭遇、その正体が北の集落を襲った化け物であったこと、そして、超常的存在に助言を受け、新たな力を手にしたこと――ディーターは混沌とした頭の中を整理したく、ソニア、カーライルとともに湖畔の開けた場所に腰を下ろしていた。


「そんな……セリーナさんが化け物に乗っ取られてたなんて」

「ああ、倒れたカールを見つけたとき、セリーナさんの姿で話しかけてきて、四つ目兎に姿を変えたんだ。間違いない」

「なんでセリーナさんだったのかな。悔しいよ」


 ソニアが俯いた。短い付き合いであったがディーターもやり切れない思いがあった。


「カール。セリーナさんがなぜ奴に乗っ取られてしまったか、何か手掛かりはないか?」

「手掛かりか……。セリーナのことは何とも」

「どんな些細なことでもいいから何かないか?」

「そうだな……。私の知っていることを出来るだけ話そう」


 カーライルはセリーナについて話をした。市民街のごく一般的な平民の家庭の生まれであり、早くに現在の夫と結婚し、一男一女を儲けていたとのことだった。子供が二人とも独立した後、何か職はないかということで見つけたのがブルターク家の使用人という仕事だった。持ち前のよく気付く性格で、いつの間にか筆頭使用人の立場となっていたという。同じ使用人のマルコと違って、公私をしっかり分ける性質で積極的に自分のことは話さず、趣味、趣向などはあずかり知らぬ、というところだった。


「これだけだと確かに何とも分からないな。家族について何か知っていることはないのか?」

「……そういえば夫君が領都の北門に勤める兵士だったな。父が北門の警備を統括する立場になったときから既にいて、今も勤めているらしい――」

「なあ! 北の集落へ調査に行った兵士の所属って分かるか!」

「ほぼ北門の兵士だ。一部、主家であるシュトラウス家が出した兵も入っていたらしいがな」

「それだ、カール! 北の集落に旦那さんは行っていたんだよ! そこで化け物に乗っ取られて、家に帰ってからセリーナさんに――」

「落ち着け、ディーター。セリーナの夫君が化け物に乗っ取られていたとしよう。なぜセリーナに乗り移る必要があったんだ?」

「……それは、この力を狙っていたからだろう」


 ディーターは顔の前まで右手を上げ、拳を握り締めると、陽炎のように輪郭が揺らめき、空色のガントレットが発現した。更に蒼炎が全身を覆い、黄金のオーラが立ち昇る。


≪アルマード――エクスツィート・クリサリス≫


 ガントレットからの言霊によって、ディーターは重装甲を顔まで覆った戦士――便宜的にこの姿を今後【アルマード】と呼んでいくこととした――に身を変じた。


「……! 初めて見るが凄まじいな。王都の聖騎士など目ではない神々しさだな。これが怪異を滅する力か」

「さっきは兄の姿が突然変わって私も驚きました」

「……ということは、この姿になれたのは先程の戦いからということか。……父が見たらどんな顔をするであろうか。父はあのナリだが子供の読むような英雄譚を今も愛読しているのだ」

「まあ! そうだったのですね」


 カーライルの言葉にソニアがくすくすと笑った。ディーターは【アルマード】への変身を解除しておく。


「それは置いておいてだ。奴の目的がディーターの力として、力がディーターにあることを知っているのはどういうことだ? 奴は北の集落で倒したものとは別の個体であろう?」

「……おそらくなんだが、奴らは個体間で意識を共有しているんじゃないかと思うんだ。言葉の節々で気になっていたんだ。北の集落でやられ際なのにこれで最後じゃないような言い方をしていたし、さっきだって俺の力を最初から詳しく知っている素振りだった」

「そんなことがあったのか。……しかし、奴がお前の力を狙っていたと判断したのはなぜだ? ただ脅威に思って殺そうとしただけではないのか?」


 カーライルの疑問にディーターは腰の太刀を抜いて見せた。刀身は柄の付近で消失していた。


「それは父さんが大事にしてた太刀……」


 ソニアが言葉を失う。こうなってしまっては修繕も難しいであろう。


「力を注いだ太刀が化け物に飲み込まれた。そしたら俺と同じような炎をまとえるようになって……。奴は『断罪の力』と言っていたけど」

「……しかし、力を取り込むことが目的なら屋敷でいくらでも機会があったであろう」


 カーライルの言うことはもっともであったが、ディーターはおぼろげながらも、ある結論へと至っていた。


「多分だけど、奴らは何かを企んでその機会を伺っている。そのために今は領都で騒ぎを起こさないようにしてるんだ。例えば……領都の人達を皆殺しにするとかね――」

「皆殺しだと!」

「北の集落だって、住民を全員広場に集めて逃げられなくした上で全滅させられたんだ。考えられないことじゃない」

「仮定に仮定を重ねているが、確かにありうるな……。しかし、まだ解せないこともある。奴の行動には無駄がありすぎないか? 私を一瞬で殺せるだけの力がありながら、まるで弄ぶようだった」

「……俺もそう思うよ」


 正体を明かさなくて良いのに、わざわざセリーナの姿を見せて反応を見ようとしたり、誘い出したソニアを先に殺そうとしたり……人間に余程の恨みがあるとしか思えなかった。


「頭の整理はついたか? であれば屋敷に帰るぞ。父にも伝えなければな」


 カーライルが腰を上げるのを見て、ディーターは「ああ」と頷いた。ソニアとともに、来た道を帰っていく。結局、ディーターは彼を助けた超常的存在について、カーライル達に語ることはなかった。荒唐無稽な話であったし、何よりもあれが悪い存在ではないように思ったからであった。


「あれ? あそこに真っ白なヒヒがいる!」


 ソニアが上空に指を差す。その先には樹上に佇むヒヒがいた。まだ子供であろうか、小柄であどけない顔をしている。その毛色のみならず、肌も白味を帯びている。アルビノというものであろう。その瞳は赤く澄んでいて、見ていると吸い込まれそうな錯覚に陥った。


『――お見事だったね。でもここからが正念場だ。奴らを止めなければ、この世界の人々は……』


 あの念話の声でヒヒが言った。驚いてカーライルとソニアを見たが、何も気付いていないようであった。

 ヒヒは木から軽やかに飛び降り、森の奥へと消えて行った。

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