5.大きなミス

 ブライアンが復活した。

 これでパーティー六人揃ったというわけで迷宮探索を再開することとなった。

 別に六人揃わないと迷宮に入れないというわけでもないのだが、これも安全マージンを確保するためである。一人欠けただけでもリスクは跳ね上がるものなのだ。

 ちなみに迷宮に入れるパーティーは六人までと決まっている。どうしても通路には横幅が限られているからな。あんまり大勢だと通るだけで支障をきたしてしまう。実際、昔魔物から逃げている連中が大人数パーティーとかち合って団子状態になり全滅したという話がある。


「ブライアンなんとか耐えてくれ! ディーナは魔物を後ろに通すな! シュミットは守りに徹してくれ! ネルは回復を絶やさないで! レイラは早く魔法を!!」


 エリックの指示が飛ぶ。戦いながらなのによく全員に声をかけられるものだと感心する。

 現在俺達は戦闘中だ。しかしゆっくりと解説している暇はない。

 俺達パーティーはキラーアントという魔物の群れにかち合ってしまったのだ。もう軍隊レベルの数。それを一パーティーで押さえている。

 ここまで数の差があるとたった六人ではつらいところ。ここんところわかってもらえればパーティーの最大数が増えるかもしれんね。


「おれぁ!」


 飛びかかってきたキラーアントをメイスで殴りつける。頭を陥没させて動かなくなる。

 あまりの数に前衛の三人だけでは止められなくなってきている。おかげで俺も物理手段を取らなければならない。


「ネル! 前衛、とくにブライアンのダメージが大きい。あいつを優先的に回復させてやれ! レイラは焦って詠唱間違えるんじゃねえぞ! 俺が守ってやるから慌てんな」


 俺が後衛組の最終防衛ラインだ。

 魔法は二人に任せるしかない。とくにレイラの攻撃魔法を使わないとキラーアントの群れを撃退するのは難しい。

 なんで迷宮探索を再開してすぐにこんな数の魔物と戦ってんのやら。しかも俺ヒーラーなのにヒーラーとしての仕事してないし。

 ここでこの魔物の群れをお偉い連中が引きつれてきてそれを俺達が撃退するって流れならチヤホヤイベントが発生したものを。そんなことはまったくなく、ここにいるのは俺達のパーティーだけだ。普通に運が悪くて遭遇してしまっただけ。ついてねえ。

 メイスを振り回しながら前衛組を見る。

 ブライアンは大盾で何匹ものキラーアントの突撃を防いでいる。その隙にエリックとディーナが剣で応戦している。物理アタッカーとしてそこそこ優秀な二人だ。次々とキラーアントの屍を作っていく。


「いくわよ!」


 レイラが声を上げる。聞こえた前衛三人が体をずらす。

 レイラの火炎魔法が灯となって空間を照らす。標的となったキラーアントの群れが燃え盛った。

 魔法の力ってのは偉大だな。あれだけの数の魔物を一気に焼く光景を見ると改めて思う。

 火炎魔法を逃れた少数のキラーアントもエリックとディーナによって処理されていった。

 しばらくして動いているキラーアントはいなくなった。


「ここらで一段落か?」


 周囲を警戒しながらエリックに言う。

 もう襲ってくる魔物はいないようだった。キラーアント全滅である。


「そう、みたいだ」


 息を整えていたエリックも周囲を確認して剣を収めた。それを見て各々構えを解いていく。

 やれやれやっと戦闘終了か。

 いきなりけっこうがんばっちゃったぞ。リハビリにしては運動量が多すぎだ。体感時間で一時間は戦ってたぞ。


「あーもうっ。疲れたわ。なんでいきなりあんな数のキラーアントと戦わなきゃいけないのよ!」


 苛立ちを隠すことなくレイラが叫んだ。気持ちはわかる。


「まあまあ、こういうことが起きるのが迷宮だからね。油断は禁物ということだろう」


 エリックの言葉にブライアンが頷く。前衛はとくにつらいだろうに、大人な態度ですこと。


「それにしても本当に珍しいですね。こんな数のキラーアントが出てくるなんて。何かあるのでしょうか?」

「わからない。ギルドに報告すべき」


 ネルの疑問に首を振るディーナだったがもっともなことを言う。一冒険者である俺達に判断できるもんじゃないしな。


「でもよ、これだけの数倒したんだぜ? たっぷり素材をゲットできたのはいいことじゃねえか」


 俺はキラーアントの死骸の山に目を向ける。数十どころか数百という単位だ。今日はこれだけあれば充分だろう。これで二週間くらいは迷宮に入らなくていいんじゃねえか。

 リーダーのエリックが指示を出して俺達はキラーアントの素材を回収し始める。

 うむうむ、この時が冒険者をしてて一番楽しいところだな。なんというかお宝を前にしている気分になるのだ。

 もちろん死骸をそのまま持ち帰るなんてかさばってできない。使えるところをしっかりと見極めなければならない。

 最小限で最大限の成果を求める。

 それは戦いだけじゃなく、こういった地味な作業にも当てはまる。それがいい、と思うのは俺の勝手だ。

 戦いが終わってからの素材集め。長時間戦っていながら休憩を挟むことなく素材の回収に入ったのは、全員久しぶりの戦闘に疲れて早く帰りたかったからだろう。

 気が緩んでいたと言われても反論はできない。

 それでも、最初に気づいたのは俺だった。

 それぞれバラバラになって素材集めに精を出す。

 俺の近くにはレイラがいた。こういう地味な作業を嫌がる彼女のことだ。サボる可能性があるので俺はよく見張りをしていた。俺がサボるのはいいけど他の奴がサボるのはムカつくからな。

 チラチラとレイラを見ていたから気づいた。彼女の近くで何かが動いた。

 最初は何かなと思った。完全に油断していた。

 それが身を起こした時には遅かった。


「え」


 レイラも気づいて動いたものに顔を向ける。


「ひっ」


 死にぞこないのキラーアントだった。ボロボロのフラフラ。見ただけで満身創痍とわかる。

 そんなキラーアントが最後の力を振り絞って突進する。相手はレイラだ。

 慌てて俺も動くが、レイラとキラーアントの距離が近すぎた。

 キラーアントの攻撃が彼女にクリティカルヒット。前衛組に比べて貧弱な装備しかないレイラは簡単にふっ飛ばされた。


「レイラ!!」


 俺の大声でようやく他の仲間が気が付いた。

 俺はレイラを攻撃したキラーアントをメイスの一撃で倒し、すぐに回復魔法を詠唱した。



  ◇



 たった一撃とはいえ、防御力が紙同然のレイラだ。

 まともにクリティカルをもらったのもあり、レイラは入院することとなった。


「……」


 レイラが入院している病院に着く。俺は頭を抱えていた。

 あの場面、俺がレイラを守らなければならなかった。気づいた時にすぐに動けば守れたはずだ。

 俺のミス。言い訳のしようがない。

 そのせいで後衛アタッカーを離脱させてしまったのだ。これでまた迷宮探索が遅れてしまう。

 ……このミスって追放ものじゃね?

 冒険者にとって大きなミスは即死に繋がる。そんなミスをしてしまう奴を追放するのは集団としては当たり前の判断になるだろう。


「先輩、落ち込みすぎです。そんな顔をレイラさんに見せる気ですか?」

「いや……」


 どうしよう……。罪悪感が半端ない。

 パーティーから追放されたいと思っていたが、こんなあからさまなミスで追放されるのは嫌すぎる。

 目の前でふっ飛ばされたレイラ。あの光景はトラウマもんだ。正直死んだかと思ったもん。


「しっかりしてください!」

「うげっ!?」


 後輩に背中を叩かれる。咳き込んでしまうくらいの衝撃だった。


「レイラさんのお見舞いなんですよ。暗い顔しないでください。似合わないです」

「お、おう」


 後輩に喝を入れられてしまった。なんかこいつたくましいな。

 そんなわけでレイラの病室前。ちなみに一人部屋である。さすがはお貴族様。


「レイラさん。お加減はいかがですか?」

「う、ういーっす……。レイラ元気か?」


 ノックをして病室に入る。レイラはベッドに寝ていた。


「二人ともわざわざ来てくれたのね」


 レイラにいつもの元気さはない。ケガしてんだから当たり前だけど。

 申し訳なさが込み上げてくる。うわぁ、気まずい。


「……シュミット。あんたなんて顔してんのよ」

「い、いや……その」

「あんた普段不真面目なくせにこういう時は真面目よね」


 知らずにうつむいていた顔を上げればレイラの微笑が目に入る。え、何笑ってんの?


「大方あたしが入院しちゃったのを自分の責任とでも思ってるんでしょ?」

「その通りです」


 なぜか俺じゃなくてネルが答える。なんでこの後輩は勝手に俺の内心を読み取るのか。

 金色の髪に触れながらレイラは「仕方ないわね」と小さく呟く。


「あたしが傷を負ったのはあたしの油断。慢心したあたしが悪いの。これでも冒険者なんだから。自分のことくらい自分で責任を負うわ。だから安心しなさい。シュミットは何も悪くないんだから」

「……何か変なもんでも食ったか?」

「ぶっ飛ばすわよ!」


 えぇー、だってレイラが他人をフォローするなんてちょっとした事件だろ。いっつも憎まれ口叩くわがまま担当のくせに。やられた時に頭でもぶつけたのかもしれん。


「先輩、レイラさんに失礼です。謝ってください」

「そうよ謝りなさいよ」


 なぜか女子二人から責められている。いや、責められる覚悟でここに来たけどさ……、なんか違くね?

 やんややんやと謝れコールが止まらないので渋々「ごめん」と謝った。土下座するつもりで来たのに謝ることに抵抗があったぞ。

 ……無駄に優しくしやがって。

 全然無駄なんて思ってないのに心の中だけでそんな悪態をついた。

 俺のミスがあったものの、追放処分にはならなかった。その結果に安堵している自分に気が付いてぶんぶんと首を振った。

 いやいやいやいや! 目下俺の目的はパーティーから追放されることだから! 追い出されなくて良かったとか思ってないから!!

 今回は俺が全面的に悪かったからな。うん。ただ追放されるのではなく、それは理不尽な理由でないとダメなのだ。

 それが成り上がりの条件。うわさを精査した結果が示している。

 だからまあ……今回は追放されなくて良かったと思うことにしよう。べ、別に追い出されたくないなんて思ってないんだからねっ。


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