3.それはライバル

 俺の名前はシュミット。パーティーから追放されたいと思っている普通の冒険者である。

 しかし、実際うまくいかないものだ。

 俺を嫌っていると思っていたレイラからは追い出す発言をもらえなかったし。いや、ものすごい罵倒をされてたからやっぱり嫌われてるんじゃないかな。

 他に俺に不満を持っている奴はいないだろうか。

 あるならもっと俺にぶつけてこいよ! その不満を全部受け止めてやんよ! そしてパーティーから抜けてやるぜ!!

 とか思っていたのが悪かったのか。

 パーティー唯一のタンクが迷宮で深手を負ってしまった。

 そのため迷宮攻略は当分休みとなった。なんてこったい。冒険者が迷宮に入らなかったら収入源がなくなっちまうだろうがよ。

 そうぶつくさ言ってても始まらない。

 俺が追放されて成り上がるまでは今のパーティーでがんばるしかないのだ。だってそうしないと金に困るからな。


「先輩、病院くらいは静かにしててくださいね」

「俺を我慢の利かない子供みたいに扱うのはやめろ」


 現在、俺とネルは冒険者ギルドが運営している病院へと訪れていた。

 いくら回復魔法があるとはいえあまりに傷が深いと治るまでに時間がかかったりする。そんな時に容態を診てもらえるようにと病院が存在していた。冒険者のケアはバッチリなのである。

 うちのパーティーのタンクがここに入院しているので見舞いに来たというわけだ。ちなみに他の仲間は別日に見舞いに行くことになっている。大勢で行くのも迷惑だからな。


「おーっすブライアン。元気にしてっかー?」

「……」


 病室は六人部屋だったがすぐに目的の人物を見つけることができた。

 そいつはタンクらしく大盾を装備することもあって体がでかい。俺やエリックよりも一回りどころか二回り以上でかい図体をしている。

 だからこそベッドが六人分全部埋まっているのにもかかわらずすぐに見つけることができたのだ。それほどにこいつほど体格の良い奴はそうはいない。

 そんな大男の名前はブライアン。俺達パーティーの盾役である。

 前衛陣の中でもブライアンには本当に世話になっている。彼のおかげで俺やネルといった後衛が仕事ができていると言っても過言じゃないからだ。


「ブライアンさん、傷の具合はいかがですか?」

「……」


 ブライアンはこっくりと頷く。いやしゃべれよ。

 これにはさすがにネルも困り顔だ。あんまり表情は変わってないけどな。

 さて、ここがブライアンの悪いところだ。

 ブライアンは、他人とコミュニケーションを取ることが極端に苦手なのだ。

 無言でいるがまったくしゃべれないわけじゃない。寡黙キャラかと思いきや、どうやら口がきけないというわけでもなさそうなのだ。

 単純に人と話すのが苦手。がんばってこいつとコミュニケーションを取った結果、その事実が発覚した。

 たまにしゃべったと思えば、声を出すことが極端に少ないのでものすごくかすれていたりした。それが恥ずかしくてまただんまりになってしまう悪循環。正直パーティーメンバーで一番扱いづらいのがこのブライアンだ。

 おかげで連携が噛み合わないのだってしょっちゅうだ。それでもやれているのはタンクとして優秀であるからなのだが……、今回はうまくいかずに深手を負ってしまった。

 俺とネルはブライアンの寝るベッドの近くに椅子を引き寄せると座った。近くに来ても俺達の顔を見ようとはしない。つまり恥ずかしがり屋なのだ。


「おいブライアン。ケガのせいでしゃべれないってわけじゃないんだろ?」

「……」


 こっくりと首を縦に振る。自分でもこめかみがピクピクと動いたのがわかった。


「いや、だったらしゃべれっての。ボディランゲージだけで全部伝わると思うなよ」


 ブライアンはしゅんと落ち込んだ。しゃべらないくせに態度がわかりやすいんだよ。それを言葉にしろっての。


「先輩」


 窘めてくる後輩。だがあえて無視させてもらう。


「ブライアン。今回のケガはお前の自業自得だ。俺達に気を使ったかは知らんが、自分がピンチになってるんだったら叫んででも教えろ。じゃなきゃ死ぬぞ」


 ブライアンは目を合わせようとしない。まったく、体はでかいくせに小心者なんだっての。

 何を気を遣う必要があるんだか。仲間なんだから頼るのに躊躇してどうすんだ。

 そのせいでブライアンは回復魔法でも追いつかないほどの傷を負ったのだ。攻撃が直撃しても声一つ上げないんだからよ。我慢強いにもほどがあるだろ。


「でも先輩。ブライアンさんが深手を負ったのだって私達を守るためでしょう。それに仲間のダメージの管理は私達ヒーラーの仕事です。彼だけに非がある言い方はどうかと思います」

「……っ」


 なんで小柄な後輩の方がはっきり物事を口にするのか。それからブライアン。キラキラした目でネルを見んな。


「これくらい言わなきゃこいつはわかんねえんだ。こっちだってうっかりってことがあるんだからよ。声出し、これ重要」

「まずはそのうっかりをなくしましょう。人を説教するのはその後です」


 なんで俺の後輩はブライアンには優しくて俺には厳しいんだ。もっと優しくしてよ。


「だーかーらー、そういうことじゃなくってだな。俺が言いたいのはパーティーの連携を向上するために言ってんの。仲間なんだからいつまでもだんまりじゃ困るだろ」

「それは……」


 ネルは言いよどむ。それはネルだけじゃなくパーティー全員が思ってることだろうからな。

 ブライアンは優秀なタンクだ。それは認める。しかしコミュニケーションが取れないというのは組織行動する上で致命傷と言われても仕方がない。

 正直、これなら多少腕が落ちてもしっかりコミュニケーションが取れる奴の方がいいくらいだ。それほどにパーティーの連携は重要なものなのだ。

 そこまで考えて、俺ははたと気づいた。気づいてしまった。

 このブライアン、もしかしてパーティーから追放されて成り上がる系のキャラじゃね?

 コミュ障が原因で実力があるのにパーティーから追放されてしまう。それから数々の美少女と出会いコミュ障を改善していく。そして弱点だったコミュ障が治った頃には覚醒した力を正当に評価され、美少女パーティーを作ってうっはうっはな展開というわけだ。俺はそこまで見えちまったね。

 なんて恐ろしい潜在能力を隠し持ってやがるんだ! この男、侮れねえ!!


「どうしたんですか先輩? 何か恐ろしいものでも見たという顔をしていますけど」

「お前は俺の顔から心を読む才能でも持ってんのかよ」

「先輩がわかりやすいだけです」


 いや、絶対にお前が目ざといだけだっての。

 今は後輩に構っている場合じゃない。

 ここに訪れてから未だに口を開かないブライアン。こいつが俺にとっての最大のライバルである。

 まさかライバルがこんな身近にいるとはな。いや、ライバルとはもともと身近にいるものだったか。

 遠くのハーレムは許せても、近くのハーレムは許せないのだ。俺は俺以外がモテるのが気に食わない。


「ブライアン」

「……」

「お前がどんなことになったとしても俺達は仲間だ。見捨てたりなんかしねえ。だから、また迷宮に潜るからな。しっかり体治せよ」

「……!」


 ブライアンは首を縦にぶんぶんと振った。そのまま取れちまえばいいのに。



  ◇



 病院を出るとまっすぐ帰路へと就く。


「先輩も人を元気づけられること言えるんですね」

「おい、意外ですみたいなニュアンスで言うのやめろ」


 後輩の口元がわずかに笑みの形になる。こいつ俺をバカにしてんの?

 まあ別にブライアンを元気づけるために言ったわけじゃないんだがな。どっちかって言うと俺を置いてパーティーから追放されるのが嫌だっただけだ。しっかりと仲間意識を植え付けておかないとな。

 体がでかいくせに一番影が薄かった男。まさかのダークホース。ブライアンがパーティーから抜けた後、俺達の上を行ってからのざまぁ展開が予想できちまう。

 ……あいつにだけは負けられねえ。

 そんなわけで、俺はブライアンを最大のライバルとして意識するようになったのだった。


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