第27話 お昼休み共同戦線

 幼馴染の吼えだった。

 言ったのではなく、叫んだのでもなく、何かに抗ったり威嚇したりするように吼えた。しかも俺のそばで。


 そのせいでいい感じに纏まっていた斗乃片美術館の構想が途絶えたが、お腹も確かに空いているのでしょうがない。

 後輩と夏那が仲良く瞳でご飯タイムを盛んに主張しているし、通学路で買っておいた焼肉弁当を取り出しておこう。


「そうっすね。一旦お昼に焦点を合わすのがいいすね。あたしに、いえあたしらに注意がいかないのであれば、そうしましょう」

「そうそう。わたしと意見が合うね、心ちゃん。やっぱり友達に――」

「意見は合いますっすね、今は。気は合わないのですけど」

「へー。そう。そんなこと言っちゃうんだ。わたしたち、合わせるべきだと思うけど」


 いや、仲良しかは怪しかった。ノリが合ったかと思えば、バチバチと鋭利な返しをすぐ投射している。

 弱者は危うきに近づかず、おとなしく食事の準備を進めながら避難を進める。人の壁もあるとありがたい。ちょうど喧騒を遮断するように斗乃片が右隣りにやってきたし、これで一件落着だ。


「べきっすか? それには賛成しかねるっすよ。大体あたしと幼馴染さんはまるで違うんすから」

「ヒナト関係では同じでしょ? だからせめて、そこでぐらいは助け合おうよ。敵は兄弟で強力だし、ね? それに、わたしは後輩そのものが好きっていうか――」

「あなたの好みは聞いていないっすよ。てかおっきくて強くてもあたしは挑むんすよ。弱くても負けても何度やっても、大事な人を泣かせないよう、悲しくさせないように頑張るんすよ。その人しかいないと思えたなら、そこでどんな手を使ってでも――」


「ヒナトくん、そのお肉貰ってもいいかしら。あとそこのそぼろご飯も。大丈夫、私の箸が嫌というなら、貴方のお箸を使うわ。――ええ、もちろん交換よ。私の鮭と卵焼きを少し対価として差し出しましょう。あとここに手作りのデザートがあるのだけど、どうかしら? 対価はいらないの。私、煩わしいことなくこうやって人と食事するの初めてだから少々嬉しくなってしまって――」


「――幼馴染さん、さっきまでの言葉全部忘れろっす。まずこのやりたい放題の女どうにかしましょう。停戦、協力、共同戦線っす」

「やっと分かってくれた? それじゃあ、みんなで仲良く平等にいただきますするってこと、わたしたちで斗乃片さんに教えてあげよっか」


 幻想だと思っていたおかずの交換会を二人で開催していると、いつの間にか幼馴染と後輩間のいざこざはなくなっていた。


「斗乃片、すさまじいな」

「……? なんのことかはわからないけれど、もっと褒めるといいわ。それより、おかずの交換会をもっとしましょう? 私、これに憧れがあったの」

「おかず交換会ってなんすか。そんなの一回も開かれたことないっすよ。オタクに優しいギャルとかユニコーンと同じっすよ」

「それに、そういうのは皆で一緒にいただきますしてからやるものだよ。斗乃片さんは急ぎすぎだし、ヒナトに近すぎ」


 怒りの色が強い窘めだった。それに、心と夏那の畳みかけ方は見事なリレー方式でもあった。やっぱり気が合うのかもしれない。その相性もあって、次なる連携もありそうだったが――


「そう、そうなの。ごめんなさい」


 数個の言葉で、流れは変わった。


「私には、興味や好奇心や下心のないお昼は珍しかったから――柄にもなく、周囲を忘れていたわ」


 申し訳なさも皮肉も、悲しみもいたずらっぽさもない、純粋な嬉しさと思考の発露に、誰も何も挟めなかった。


「七都名さん、心さん、教えてくれるかしら?」


 初めてはにかむ転校生の姿に、


「ごめんね心ちゃん、共同戦線はなし。停戦しよ」


 観念したように返す幼馴染の照れくさそうな顔が、俺は中々忘れられないんだろうなと思った。

 とんだ裏切者じゃないっすかと、そんなの卑怯じゃないっすかと――呟く声もまた、忘却できそうにない。


「いっすもんね。先輩のお弁当おいしそうっすし、一口いただきたいっすし。――ちょこっと食べちゃお」

「休戦協定どこいったの心ちゃん!」

「停戦したって言ったじゃないですか」


 わぁわぁきゃぁきゃぁとまた可愛らしい戦争が始まった。


「斗乃片、調停してくれ」

「私にはむりよ」

「そこをなんとか。数秒だけ、注意を別なものに逸らすぐらいでいいから」


 決死で頼み込むと、


「――その願いをかなえるには、貴方の唐揚げがひとつ必要だわ」


 足元を見られていた。二つしかない至宝を求めるとは、中々に目の付け所がよい。


「――差し出すよ」

「では、箸で一つ鳥からを掴んで。そう、持ち上げて。もう少し前方へ。あとちょっと左に動かして」

「クレーンゲームみたいだな」

「アームよりもよほど正確で嬉しいわ。指示すればなんでも動いてくれそうで、多少心配にもなるけれど」


 心配されることは不安だけど、してくれることは純粋に嬉しかった。


「はいそのまま。あとは、貴方の瞳で彼女たちを眺めて」


 指示通りにする。わんわんにゃんにゃんと、騒がしくも楽しそうにしている女の子が二人いた。俺から揉め事が始まっているようでいて、俺は関係ない光景だ。


「ん、どしたのヒナト、こっちをじっと見ちゃって――ってあー!」

「あー? って、なにアホみたいな音出してんすか。一声で自らの知能レベルを示すとかありえないっす――あァー‼」


 喉が壊れそうな声。怯んだ後に、二人揃って一点を指さしていると気づく。二本の細い人差し指が示す先は俺の隣だ。

 突き付けられた指先ふたつが、左を見ろと指し示す。突発あっちむいてほいにあっさり負け、


「ん」


 揚げ物に噛り付いている転校生を目撃した。

 鳥からを小さな口で咥えている美少女(狐面とマント付き)と対面した。

 俺が箸で差し出した食べ物を、斗乃片透華が

 なに、やっているんだろう?


「二人そろって可愛らしく疑問符浮かべてるんじゃねーのですよ‼ バカップルっつーかもう完全にバカなのですよ! ワタシと放課後喋っていた先輩は頭が滅茶苦茶いいってわけではなかったのですけど、ここまで愚か者ではなかったはずなのですよ‼」

「バカップルって言ったら認めることになるからダメだよ! そういうことも禁止、えと、理由は、理由は――」

「犯罪っすから!」

「いやそこまでじゃなくて、ふつーにお行儀悪いからね!」


 怒涛の指摘と抗議を浴びながら、斗乃片は俺にウインクした。唐揚げから唇を離して、


「安心なさい。齧ってはいないわ。食べるフリで、解決するもの」

「「「そういう問題じゃない」」」


 三人が一斉に窘めた。偶然だが、一音一音が完璧に重なっていた。

 いやまあ、無理に頼んだ俺も俺だが。

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