第7話 十一月
月が欠けるその前に、床屋がお城に呼ばれました。床屋はいつもの涼しい顔で、柔らかい革布の上に仕事道具を広げました。
「王様。なんだか最近、散髪に召される間隔が徐々に縮まっている気がするのですが?」
「き、気のせいではないか?」
「いえ、実際、お髪もまだそんなに伸びて……」
「あ~、その、床屋! 最近、町の様子はどうだ!?」
王様はぎくしゃくと背筋を固くして、耳をぴくぴくさせながら、突然話を切り替えました。そんな王様の態度にも床屋は顔色ひとつ変えず、穏やかな声で王様の質問に答えました。
「はい、城下町は収穫祭を前に賑わっております。……ところで王様」
「な、なんだ?」
床屋に話題を返されて、王様は再びぎくりとしました。
「王様。王様のこのお耳は、やはり他の者よりよく聞こえるのでしょうか?」
突然の質問に、王様はすみれ色の瞳をぱちりと見開きました。それから大仰に腕組みをすると、親指で小さなあごの先をこすりました。
「? ……どうだろう。考えた事も無かったな」
「よし、それでは試してみましょう! いいですか? 私があの端から小声で囁きますから、なんと言ったか当ててください」
大人びていつも落ち着いた床屋が、こんな風にはしゃぐのは珍しいことです。うきうきは王様にも感染して、彼の長い耳をぴんと立たせました。王様は瞳をきらきらと輝かせると、小さな脚をぷらぷら揺らして、こくりと大きく頷きました。
「うむ。いいだろう!」
床屋はにっこり笑みを濃くすると、小走りにテラスを横切りました。そうして一番端まで来ると、口元に手を当て、大きな声で呼び掛けました。
「よろしいですか? では、参りますよ? えー……」
『……王様、あいしてる』
「…………」
王様はぎゅっと唇を結んで、目を見開いて俯いています。赤く染まったほっぺの横で、長い耳がふにゃりと垂れています。
床屋は屈めていた腰を正すと、もう一度大きな声を上げました。
「聞こえましたか?」
その問いにびくんとすると王様は、肘掛をぎゅっと握って慌てて椅子に座りなおし、お耳をぴんと伸ばしました。
「あっ、いや、聞こえなかった! も、もう一回頼む!」
「はい。それでは……」
『……王様、あいしてる』
「今度はどうですか?」
「……あ、その……。……もう一回、頼む」
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