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「おやすみなさい」
「おやすみ」
もはや彼専用となった客人用の布団に入ったひさめくんと、夜の挨拶を交わす。彼はいつも私の部屋で眠る。ひさめくんは小学生で、私は高校生。就寝時間が違うため、ひさめくんはまだ私の部屋の電気が明るいうちに眠ることになるのだけれど、「全然大丈夫だよ」と微笑んでいた。
育ち盛りの子どもはすぐに、すぅすぅ、と可愛らしい寝息をたてはじめた。勉強机に座る私の方を向きながら眠りに落ちたようだ。林檎色のほっぺとピンク色の唇。綺麗な生き物だと思った。祖母似らしい母と違い、ななせさんは祖父似らしく、きりっとした顔をしている。ひさめくんはななせさんによく似ていた。きっと、美青年に育つだろう。
塾の課題をこなす手を止めて、私は本棚の上に大儀そうに置かれた人形を見つめた。ビスクドールといえば長髪のイメージが強いけれど、この人形はショートヘアだった。それもそのはず、これはななせさんが、私のために作ってくれた人形だった。
別に、私が作ってほしいと頼んだわけじゃあない。ななせさんの家で話しているときに、流れでちらりとあかりの画像を見せただけなのだ。彼女はその驚異的な記憶力で、この人形を作ってしまった。
彼女からこの人形を受け取ったとき、私は何か罪深いことをしているような、神に背いてしまっているような、そんな不安が胸を渦巻いていた。生身の人間と違って小さい身体と、瞬きもしない宝石のような瞳。私は恐ろしかった。自分の醜い欲望が。
『人形は何も言わないよ。人間と違ってね。大層なものに見えても、中身は空っぽだ。だから、そこに何かを注いだとしても、誰も咎めることはない。安心するといい。君の秘密は永遠に守られるだろう』
ななせさんは、そう言って微笑んだ。物言わぬ人形たち。その中で眠る彼女はどこか淋しそうで、だけど幸せそうに見えた。
眠る幼子とは違って冷たい硝子玉の瞳が、私を見つめている。誰も私の罪を知らない。彼女だけが、私を静かに非難し続けている。嗚呼、今夜も。
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