§11 デートの帰り道
帰りの電車に乗ったのは、夕方の4時を過ぎていた。まだまだ夏の陽射しが強く照り付け、二人は帰るのが惜しい気持ちだった。電車の中ではシートに座り、七海は昨夜の寝不足と泳いだ疲れで、千宙の肩にもたれて眠っていた。駅に着くまで気付かず、千宙に起こされて電車を降りた。
「まだ暑いね!駅前のカフェにでも寄って行こうか?時間は大丈夫?」
「うん!まだまだ明るいし、もう少し話していこう!」
千宙君が誘ってくれたのがうれしくて、私は二つ返事で彼に従った。
「今日はありがとう、すごく楽しかったよ!千宙君は?」
「七海と1日一緒にいて、女の子と遊ぶのも良いもんだなと思った。」
「女の子じゃなくて、私とでしょ!ほかの子と遊んだら、嫌だからね!」
少し焼き餅っぽく聞こえたかと後悔したが、私の本心だった。
「今日の一番の収穫は、千宙君が男だと分かったことかな。例にもれず、ちょっとエッチな所もあるしね。わたしのことを、女の子として見てくれてたしね。」
「俺はずっと男だよ!エッチと言われると心外だけど、七海には何でも話せるような気がするから…ごめんね!俺も言わせてもらうと、七海は思っていることを口に出さないタイプかと思っていたけど、今日でその思い込みが解消できたよ。」
お互いの印象を語り合い、「好きだ」と言い合うまでもなく、二人の恋愛感情は芽生え始めていた。
二人はいつもの橋の岐路で、名残惜しく話していた。
「今度はいつ会えるかな?来週は部活があるから、帰りにどこか寄ろうか?」
「いいよ!駅前のショッピングモールで、涼んで帰ろうか?」
「いいね!そこでお昼を一緒に食べよ!」と次の約束ができて私はほっとしていた。
「それから大事な話だけど、俺たち告白し合っていないよね。俺、七海が好…」と言い終わらない内に、私は彼の肩越しに「パパ?」とつぶやいていた。彼は異変に気付いて、そっと後ろを振り向いた。
「やっぱり七海か!こんな所で、どうしたの?この子は?」と訊かれ、
「は、はじめまして。七海さんとお付き合いをさせてもらってます、立松千宙です。」と彼が間髪を入れずに答えていた。私はあわてて、
「違うの、パパ。今日はクラスの友だちとプールに行って、帰り道が一緒だから、立松君にここまで送ってもらったの。」と彼の言葉を打ち消すように言った。
「そうか、そんなに必死にならなくても良いよ。中学生らしく、ふさわしい交際をするなら構わないさ!だから、こんな所でイチャ…いつまでも話し込んでいると、勘違いされるぞ!」と言われ、私は腰の辺りで手を振って彼に別れを告げた。
私は自転車を引きながら、父と一緒に歩いた。しかし、父はこの件について一切触れず、進路の事や部活の話をしていた。父には嘘を付けないと分かっているのに、ごまかそうとしていた自分が情けなかった。小さい頃、具体的には思い出せないが、悪い事をしてそれを弟のせいにした時、父は「嘘はいけないよ!」と一言だけ言って、怒る事はしなかった。今も同じで、パパにはすべてを見通されている。パパの信頼を裏切るような事をしてはいけないと思った。
それにしても、千宙君も嘘を付けない性格らしい。いきなり「お付き合いを」なんて言って、驚かされた。もう一つの驚きは、まさかここで父と遭遇するとは、考えてもいなかった。今日1日の楽しかった記憶が、せっかく集めた消しゴムのカスを息で吹き飛ばしてしまったように、無残にかき消されてしまった。
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