第3話 藤崎圭のキャンパスライフ1





「眠い」

「起きろ」


 琴海と過ごした休日明けの平日。

 俺は大学にいた。


「これから学食だろ? 一緒に行こうぜ」

「おっけ。ちょっと待って」

「おう」


 授業で広げたノートや筆記用具を鞄に閉まう。

 俺、藤崎圭ふじさきけい高田龍俊たかだたつとしは横に並んで歩き始める。


「午後は?」

「今日はもう授業ないよ」

「よし! じゃあ今日はサークル来れるな」

「えーどうしようかな」

「おい、偶には来いって」

「忙しいんだよな」

「いっつも忙しいって言うけど藤崎は一体何してるんだ?」

「バイト」

「本当か? 何のバイト?」

「秘密」

「隠すなよー」


 食券を買い、列に並ぶ、

 俺はカツ定食で、高田はカレーだ。


「お前はいっつもカツだな」

「それ言ったら、高田だって毎回カレーだけどな」

「カレーは毎日食っても良いんだよ。カツは普通毎日食わんだろ」

「どういう基準なんだよ」

「カレーは飲み物って言うだろ」

「言わないな」


 頂きます、と言ってから箸を手に持った。

 ソースの掛かったカツを取り、まずは大きく一口で。

 

「上手い」


 サクッとした食感とコクのある旨みの効いたソースが絶妙だ。

 肉も丁度いいぐらいに脂が乗っていて柔らかい。

 700円でこのクオリティは高いと思う今日この頃である。


「藤崎はやたらと美味そうに食うよな」

「実際、美味いんだよ」

「もうちょっと安かったらなあ」

「その気持ちは分かるけど、これでもクオリティ的には安いよ」


 高田が毎日食べているトッピング無しのカレーは360円。

 学食の中では最も安価なメニューの一つ。


「そういや、藤崎はアイドルとか興味あんのか?」

「普通に好きだよ」

「お! じゃあ、SIRIUSとか知ってる?」

「知っているに決まってるだろ。今、一番勢いあるじゃん」

「だよなぁ! 今、4期生のブームやばくない?」

「やばい。独立して、新しいグループが出来るとかいう噂もあるよな」

「絶対なるだろ。もう少しで一期生も全員卒業しちゃうし、その時に再編されるんじゃないかって俺は予想してる」

「まあ、高田の予想は外れるだろうけどな」

「おい! 外れねえよ!」


 高田は同じ学部の学生だ。

 同じフットサルサークルに入っていて、喋るうちに自然と仲良くなった。

 そして、俺と同じアイドルグループが好きらしい。

 俺は琴海を応援してるから、そのグループも一緒に応援している。


「じゃあ、四期生の中では藤崎は誰が好き? 俺は沙耶たん推し、めっちゃかわいくね?」

「分かる。正統派アイドルだよな。けど俺は琴ちゃん一筋だ」

「藤崎は琴ちゃん派かー。四期の中では、琴ちゃんのファンが抜群に多いよな」

「応援したくなる感じが人気なんだと思う」

「普通の女の子から徐々にアイドルになっていく感じが良いよなあ。庇護欲が湧いて、守りたくなる」

「それな。あと、正直一番顔がかわいい」

「……確かに目が大きくて肌も白いし、顔立ちも整っててマジで天使だよな。いやぁ、実は俺も前から結構推しててさ。ていうか、琴ちゃんも俺の推しだわ」

「ぶれぶれかよ。まあ、一番っていうのはあくまでも俺の主観で、それこそ沙耶たんとか、あとはあゆみんも同じくらいかわいいけどな」

「その三人は抜け出てる」


 そう言って、いつの間にか一人前のカレーを食べ終わった高田は、ズボンのポケットから携帯を取り出す。

 少し画面を触った後、その画面を俺に見せてきた。


「これ見てや」

「ん?」


 見ると、高田の推しだという沙耶たんの切り抜き動画だった。

 

「めっちゃ可愛いから見て」


 俺と推しのの可愛さを共有したいらしい。

 その気持ちはとても分かるが、食堂でアイドルの動画を見るのはちょっと嫌だ。

 まあ、食べている間ぐらいならいいか。


「音は出すなよ」

「えー」


 とりあえず、カツを食べよう。











「かわいいな」

「だろ?」


 実際、普通にかわいかった。

 俺は基本琴海の切り抜き動画とかミュージック・ビデオしか見ないので、他のメンバーの顔は知っていても喋っているところは見たことがなかった。

 

 あと、疑問に思ったのは、切り抜き動画って稼げるのだろうかということである。

 俺も琴海の動画を作ってみたくなってきた。


「実はSIRIUSのライブのチケット当たってさ、今度観に行くんだよ」

「へー、良かったじゃん」

「それで良かったらだけど、俺と一緒に行こうぜ? 本当は友達と行く予定だったんだが、別の予定と被ったらしくて来れなくなったんだよ」

「まじか」

「まじ。死にそうな顔して、泣きながら電話してきた」

「可哀想だと思うけど、その光景はホラー」

「で、どう。行けるか?」

「そのライブはいつ?」


 およそ一ヶ月後にあるライブの日程には何の予定もなかった。

 さて、行くか、行かないか。

 

 今まででアイドルのライブには行ったことはない。

 琴海に来て欲しいとも言われたことはないし、行きたいとも言ったことはない。

 琴海は俺がライブに来ることをどう思うだろうか。


 気掛かりなのは、俺の前での琴海とアイドル時の琴海では全然違うということだ。


「どうする?」

「行くわ」


 行ったとしても、言わなければ気付かれることもない。

 言うか言わないかは、今度会うときにそれとなくライブに来て欲しいか聞いてみて、彼女の様子を伺おう。

 

 行くと答えたのは、純粋に俺がアイドルのライブに興味があった。


「おし! 一緒に応援しに行くぞ!」

「おー」


 こうして、俺は琴海のいるアイドルのライブに行くことになった。

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