第46話 もう一つのスペシャリスト達
少し離れたところで、災害現場のエキスパートである騎士達が、懸命に人命救助のために声を張り上げている。
サーシャのもつ琥珀から、また別の者達が姿を現す。
「チョンチョ、ン」
サーシャが首から下げた琥珀を手のひらに乗せて、そうつぶやいた。アレクセイは、この場に似合わないかわいい名前だな、とふと思った。
が、その姿を見て、顔をひきつらせた。
生首だ。巨大な耳を羽のようにして飛ぶ生首。
それが20以上もサーシャの琥珀から飛び出してくる。サーシャが遠征に出ていたエヴゲーニー達に貸し出していた群れの一つだ。
チョンチョンは病人や怪我人のいる家の周りを飛び回り、その死を待つ性質をもっている。どちらかと言えば、その見た目の印象通りの悪霊の類だろう。
だが、その性質は災害現場では切り札となる。
怪我人や元々持病をもっていて動けない人間の気配を感じ、瓦礫の上を飛んでゆくチョンチョン達を騎士達が追い始める。
「クー・シー」
続いてサーシャの呼びかけで出てきたのは、暗緑色の毛に覆われた大型犬――そう括っていいか分からないくらい大きすぎる犬の群れだった。
体躯からだけ考えれば牛と同等、そうなれば体重は人間十人分はありそうだが、彼らは犬の姿をした妖精で、ほとんど重さはない。
チョンチョンが探せない相手、瓦礫の下に埋もれているが、特に怪我のない人達の救助のために、瓦礫の上から嗅覚を頼りに探索をはじめる。
このクー・シー達の後にも騎士がついてゆく。
チョンチョンもクー・シーも、サーシャと<結ぶ>人命救助のエキスパートだ。
「アレクセ、イは、この子とお願、い」
サーシャ自身は神鳥に乗って瓦礫の上から見て回るつもりのようで、アレクセイに琥珀を一つ差し出した。マナをこめた<古い言葉>で出てくるように促せばいいらしい。
サーシャが飛び立ったのを見て、アレクセイは手の琥珀を見た。この琥珀はサーシャの涙でできている。なにか大切なものを託されたような気持ちになる。
<力を貸してくれ>
アレクセイがそう呼びかけると、一瞬にして辺り一面に強烈な違和感が生まれた。騎士達はこの存在を知っているために無視できたようだが、イゴールを含めて冒険者達は全員が振り返った。
同時に3mを超える巨体が姿を現わす。
「え、えっと、よろしく。でも、どうしたら……?」
と、そうつぶやいた後で思いついた。
アレクセイは
「ここで名乗りをお願い!」
「我ハ、<オグレマゲ>――」
その名にこめられた強烈な違和感が、辺り一面、瓦礫の奥にまで広がってゆく。
「……いや、それ、なにか違うん、じゃ……?」
瓦礫の下からそんな声がした。いた! オグレマゲって名前すごい!
「返事してくれてありがとうございます! 白鉄騎士団です! 救助にきました!」
だが、瓦礫を下手に動かしたら崩れてしまう可能性もある。アレクセイは「うん」と小さく頷いてから、瓦礫の前に膝をついて手をつけた。
そして瓦礫に<憑依>した。生物や人形ではないので、視覚はない。だから、魂を研ぎ澄まして感じとる。
どこを動かしたら崩れるか、そうやって把握してゆく。
「
そうして二人で瓦礫を丁寧に持ち上げてゆく。
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~
城から<小さい目>を飛ばして、騎士と冒険者達の共同作業を見ている者がいた。
この地を預かる王弟レオニードその人だ。
今彼の目には大きな食人鬼と共に、瓦礫の下から領民を救い出してくれた小さな少年の姿が映っていた。
領民は大した怪我はないようで、近くにいた牛のような巨大な犬の妖精の背に乗せられ、城に向かって進み始めた。
「ありがとう、そしてすまない……」
小さくそうつぶやく。
レオニードもまた憧れから騎士の爵位を、命ではなく金をかけて手に入れていた。
今もその金勲章を胸に下げている。だが、この騎士の勲章は所詮は偽物だ。彼の所属している騎士団も名ばかりの社交の集まりに過ぎず、現にこの事態であっても誰一人としてここにきていない。
白鉄騎士団――彼らこそがこの国を支えている騎士だ。
「殿下、<門>の準備ができました。すぐに避難を」
後ろから声がかかった。レオニードの近衛兵だ。
王領には王城直通の小型<門>が城に設置されている。
「私から避難しろというのか? 彼らがあそこにいるというのに。私もまがい物とはいえ騎士なのだぞ」
「わがままを言わないで……くだ……、殿下!」
近衛兵が窓の外を見て大声を上げた。レオニードは<小さい目>を外して、自らの目で確認する。
上空に龍の姿があった。
騎士達の懸命な救助活動を嘲笑うかのように、龍は再びこの地へ向かい降下していた。
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