第40話 俺の家族を頼むと男は泣いたんだ 2
ライヤとの密談があった二日後。
あの朝、イゴールは何も知らないアレクセイを解雇した。
役立たずだと罵り、自分の胸の内に大きな痛みを覚えながらも、お前の剣なんかゲンが悪いとまで告げて――。
「あの……、皆さんは俺の憧れでしたッ!」
最後に肩を震わせ、アレクセイがそう言った時には、事情を知る仲間達は泣きそうになっていた。
泣きたいのはアレクセイなのだから、傷つけた側が泣いてはならないと、そう奥歯を噛みしめた。
そうして後は白鉄騎士団に任せようと、店の外を見ていた。
だというのに、ライヤは勧誘に失敗してアレクセイに逃げられたのである。
――これじゃあ、あいつをいたずらに傷つけただけじゃねえか!
「……あんたら、なにやってんだ?」
あの時のイゴールから、そんな怒りの発言が出るのも無理ないことである。
その後、悪い状況が重なった。
アレクセイを守るという約束だというのに、まだ加入前に理の外の災害の最前線に送り込んだと聞いた。
しかもよりによって団員の救助のためだという。
後日、聖堂騎士であるコンスタンティンがわざわざやってきて、白鉄騎士団の団長は禁忌を利用するために、アレクセイに近づいたと話していった。
普段であれば、あんな聖堂騎士の話などに耳を貸さなかっただろう。だが、あの時はすでにライヤへの疑念が“龍へと至る道”の中にしっかりと芽生え、大きくなりだしていた。
そして今度はよりによって、天空の覇者である龍の元にいかせるという話が舞い込んできた。
イゴールは自分の愚かさを呪った。
白銀はアレクセイを守るつもりなど欠片もない。ただその力を利用したいだけだ。
そうとしか思えない。もう我慢できなかった。
あいつを禁忌だとかぬかす教会も、俺らを騙した騎士も、どいつもこいつも信じられねえ。
だから、こうしてイゴール達は王城にまで乗り込んできたのだ。
――俺らであいつを守る、と。
騎士団詰め所にしばし重い沈黙が訪れていた。一秒、二秒、と時が進む。
何度かうなずいて話を全て納得したライヤが、イゴールに改めて向き直った。
「イゴール殿、確かにプロトヤドニィ山ではアレクセイに助けてもらった。だが、決して貴方との約束を破るつもりはない」
イゴールは舌打ちをした。目にこもる怒気は薄れていない。
そこにエヴゲーニーが割って入った。
「失礼。イゴール殿、少し聞いてもらえるか」
「ああ。釈明があるってんならな」
「冷静に考えていただけると助かる。現在、まだアレクセイがどうして教会に捕らえられていないのか、その理由を。自分達の功を声高に語る趣味はないが、必要ならばそうしよう」
聖堂騎士まで動いているというのに、アレクセイを直接捕まえにきていない理由は、やはり白鉄騎士団への加入だ。その背景には何かと教会の決定を覆してきた現国王がいる。明確な背信行為がなければ手は出しづらい。
ましてや、アレクセイは聖山の鎮火という教会にとっても大きな手柄をあげたのだから。
聖山のことはあくまで結果論だが、理の外の最前線へ送ったことでライヤはアレクセイを守ったとも言える。
今まで感情的になっていて見逃していたが、エヴゲーニーにみなまで言われずとも、そうなのだろうとイゴールも分かった。
「……そうか。熱くなり過ぎたな」
だが、そうイゴールを納得させた理由は、なによりも王城の前でアレクセイが自分のことよりも騎士を悪く言わないで欲しいと、そう言ったことを思い出したからだった。
それが大切にしてくれている何よりの証だ。
イゴールは一度アレクセイを見た。事情が上手く呑み込めていないのか、ぽかんとしてしまっている。だというのに、よく見ると自分達とたもとを分けてからまだわずかだというのに、顔つきが以前よりも締まっていることに気づいた。
――お前は騎士の一員なんだな。
イゴールは少しの間だけ静かに目を閉じ、ライヤとその後ろの騎士達に真っすぐと向き直った。
「どうやら誤解だったようだ。こんな騒ぎを起こして申し訳ない」
頭を下げる。すると冒険者達もイゴールに続いた。
「俺から頼めることじゃないのは分かっているが、こいつらは俺にそそのかされてここにきたんだ。処罰は俺だけでお願いしたい」
冒険者達がどよめく。イゴールだけ裁かれるのは納得がいかずに、声と言葉が飛び交う。
ライヤがそれを止めた。
「いや、今回の件を問題にする気はない。警務隊にも仕事上の行き違いによる誤解があっただけと報告するつもりだ。それよりもイゴール殿とその仲間の方々、そしてアレクセイ。本当につらい思いをさせてしまった。全ては私の力不足だ。申し訳ない」
ライヤが改めて頭を下げた。
アレクセイは自分の解雇のことにも、その首謀者の二人が頭を下げていることも、いまいち思考が追いつかず、なんか俺のことで謝らせちゃってるな……とそんなことを思った。
だが、感情がだんだんとわいてくる。胸からあふれてくる。
「アレクセ、イ?」
サーシャが真っ先に気づいて、アレクセイの肩に手を置いた。
本人も知らず知らずのうちに、涙がぽろぽろとこぼれてきていた。
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