第37話 龍の危機と、ずれてしまった争いと 1




 龍目撃の情報は王国内の各領地へ、一気に広まった。

 もちろん、この王都にも真っ先にその一方は届いている。

 だが、本当に龍なのか懐疑的な者も多い。

 もしや、ただの大きな鳥ではないかと――そういう疑いが増えるのも、龍は<大きい目>より更に上空を飛行するので、常にその姿を監視できないからだ。見間違えという希望的観測を語りたがる人間もまた多く出てくる。


『白鉄騎士団各位に告ぐ。各自、詰め所にて待機』


 ライヤの指令が、セダンチェアーの客待ちをしていたアレクセイの耳にも届いた。


『本当に龍ですか?』


 全体に聞こえるように<遠い耳>で質問したのは、まだ若い騎士ティモフェイだ。


『ああ。テンクウオオハネマダラ――まぎれもなく龍だ。直近の目撃地点付近でシロイロリュウガニが落下してきている』


 シロイロリュウガニはまだら柄の龍の、そのまだらの部分そのものだ。

 巨大生物にはだいたいたくさんの共生生物がいるものだが、龍も例外ではない。その代表例がシロイロリュウガニで、数多の白い甲殻類が集まってへばりつき、龍にまだら模様を作る。

 このリュウガニの目撃もまた龍飛来の証の一つ。


 本物の龍が現れたことは確定した。

 <遠い耳>越しに全員の緊張が、ほんのかすかな息遣いの音から伝わってくる。


 龍がまず確認されたのは山岳地方でだった。異様に巨大な――それがもはや災害のような蝸牛を目掛けて山の頂に降り立ち、その後、わずか一日で王国の上空のあちこちで目撃されている。


『そのまま天空に帰ったという可能性は?』


 今度の質問は副団長のエヴゲーニーだ。


『ないとは言えない。が、こちらにやってきた龍が、そのまま天空に戻った例は過去に一度もない。現在<大きい目>が使えない程の上空にいるために補足できないが、この空のどこかにいると思え。まずは全員詰所で待機、しばらく共同生活となる』


 いつまた飛来してくるか分からない龍を相手に、警戒を続けなければならないようだ。それがいつまで続くのかも分からない。

 この緊張が何日も続くのかと思うと、精神が擦り切れてしまいそうだ。


『アレクセイ、サーシャを連れてきてくれ』

「あ、はい」


 サーシャは家にいるはずだ。アレクセイはセダンチェアーを引いて走り出した。


 不安、不穏。

 龍が現れたという、その一報だけでこの王都全体にも緊張が漂っていた。




 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~




 龍と聞き、目の色が変わる人間はここにもいる。


「イゴールよ、龍が出たらしいぜ」


 冒険者ギルド内でそう声をかけてきたのは、ギルドマスターだ。昔は第一線の冒険者だった。冒険でその片足を失うまでは。

 どうやらもめている税金のことで呼び出された王城で、龍の噂を聞いたようだ。

 龍と聞き、イゴールの顔色が変わる。


「なあ、イゴール、誉れだよなぁ。龍こそ男の死場だ。だが、その名誉には俺らみたいのは呼ばれねえ。白鉄は出るだろうな。例のお前んとこにいた小僧もまた前線に出るんじゃねえかって、王城の連中は噂してたぜ」

「あ? アレクセイが龍と、だと……?」

「おいおい、俺に怒りを向けても仕方ねえだろうよ」


 イゴールはマスターに背を向けた。今の話を聞いて“龍へと至る道”のメンバーが集まってくる。誰もが目の奥に殺気がこもっていた。


「おやっさん、よりによって龍とってのは、いい加減見て見ぬふりはできねえ。我慢しなくていいんじゃねえか? 潰しちまおう」

「ああ。俺もそう思ってたところだ。アレクセイ……。結局は禁忌かよ、くそったれが」


 イゴールは吐き捨てるようにつぶやく。

 同時に若い仲間が一人、酒場に戻ってきた。


「おやっさん調べがついたよ。神託の木のある山で、あいつは白鉄の団員救助に誰も入れない炎の中にいったみたい。その後、理の外を鎮めたってさ。これ見逃していいの?」


 先日会った聖堂騎士のコンスタンティンを思い出す。

 ヤツはこう言った。


 異端者アレクセイの情報を――。

 白鉄騎士団は禁忌の力を目当てに、異端者アレクセイをかくまっているのだ、と。


 イゴールとしては教会に義理はない。だから手を組む気もない。だが、白鉄騎士団の目当てが、ただアレクセイの禁忌だったとしたら見逃せない。

 “龍へと至る道”には見逃せない理由がある。


「王城へ行くぞ。王国最強白鉄とやりあおうってバカは俺についてこい」


 動き出したイゴールに、さっき戻ってきた仲間が一本の剣を差し出した。こうなることを予想してもってきたのだろう。

 この剣こそとっておきだ。

 イゴールが歩きながら腰に剣を差す。たった一人でもやるという思いなのか、誰にも振り返らない。


 その背中について歩き出したのは、この場にいた“龍へと至る道”の全員だった。

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