第25話 閑話 その2 神父ディミアンという謎




「<支配者>の能力を完璧に言い当てていたか」


 王城内、白鉄騎士団詰め所、団長室。

 ライヤはそんな自室とも言える部屋で、先日アレクセイを送り届けた教会で見た初老の男について考えいた。


 あの神父ディミアンだ。

 見かけの印象は、良くも悪くも教会関係者らしくないといったところだった。

 皺の刻まれた初老の顔は飄々としていてつかみどころがなく、信仰の厚い者にありがちなどこか自分の正しさを信じているような雰囲気も薄い。かといって、目の奥に野心を秘めているような、そんなタイプでもない。

 何者か分からない薄気味悪さを感じられた。


 その日の内にサーシャから聞いた話では、アレクセイに父親代わりの男が<支配者>の力を話していたらしい。サーシャはその男に能力について見られたことはないと言っている。

 アレクセイが聖山での土壇場で命を賭けた真実だ。余程の確信をもって話していただろうことは、想像に難くない。


「あの男只者ではない、そういうことか」


 そもそもこうして神父ディミアンを気にするきっかけからして、本来であればありえない話なのだ。


 禁忌である能力をもつアレクセイを、自分の教会で匿い続けたのだから。


 宗教において教会という価値観は絶対だ。

 それは時に神を超えた価値になるものなのだ。

 だが、この神父ディミアンは教会という組織に所属していながら、その精神はその枠内におさまろうとしない。


 アレクセイには教会から異端審問の査定が入っている。

 それ故に、ライヤは彼の近くにいる教会関係者を調べていた。


 今、この神父ディミアンの経歴が記された資料を手に持っている。

 30代半ばになってから教会に籍を置き、神職についた。今の時代ではない話ではないという程度のことで、この時点で相当の変わり者だ。


「これならば……」


 人生に転機が訪れた、なにか思い直すことがあり教会へ救いを求めに行ったなど、納得のいく理由があってしかるべきなのだが。


 それを示すものが何一つない。

 どの資料にも教会に籍を置くまでの30余年の経歴が記されていないのだ。

 この事実にライヤの肩が震える。

 教会にいながら、何もかも教会の価値に染まらない。

 そんな男が教会に入るまで、30年以上も経歴が見当たらない。


「この男にはきっとなにかある――」


 ないのである。

 ライヤが思うようなことは、この男には一切ないのである。


 ディミアン青年にあったことといえば、ただただ、ただれた生活だけだった。

 ただただ、ふらふらしてて、その内に偶然ギャンブルで大きくあてて、それはそれは世俗の欲望にまみれまくった生活をしてきたのだが、教会としてもそんな男の過去など資料に残しておきたくなかっただけだ。


 無論そんな生活を30代半ばまで続けられたという時点で、それはそれですごいことなのかもしれないが、彼が教会の門戸を叩いたきっかけは、金の切れ目が縁の切れ目となって、あっさり女達に愛想をつかされたからである。

 そこで彼は考えた。


 ――私のことを誰も知らない王都にでも行って、貧乏人の最大の味方である教会に養ってもらおう。


 そんな最低な動機で教会の門をたたき、そのまま神職についてしまったのである。

 尚、そんなディミアン青年は世話になった神父に、しれっと「私はこれまでもこれからもずっと清い身のままです」と言い放つ始末だった。

 そういう意味ではよく言えば剛胆――真実を言ってしまえば、厚顔無恥なために見る人が見ればなにかすごい人なのかもしれないと感じることもある。


「あの飄々とした顔の裏にあるのものが、我々にとって光となるか闇となるか……」


 真剣な目で資料を見つめているところ気の毒だが、その男にせいぜいあるのは、いつもなんか能天気で明るいくらいの光である。

 だがライヤはそんなことは知らない。


「いや、待て……」


 ライヤはふと思い至った。

 アレクセイの剣はあのサーシャにさえ、「よかった」と言わしめた。誰か優秀な師がいたに違いない。

 その師というのはおやっさんこと冒険者のイゴールだということを知らないライヤは、自然と彼女の記憶の中における剣の最上の存在に行き着いた。


 時期的に重なる。この男が教会の扉を叩く少し前に、行方不明になっているじゃないか。

 まさか。

 すぐに<遠い耳>を使い、詰所にいる事務方に話をつなぐ。


「すまない。かの“剛の剣の猛者“についてすぐに調べてくれ。今、私はあの生きる伝説と言われた達人の真実に迫っているかもしれない」


 まったくの赤の他人である。迫りどころを間違えすぎだ。

 だいたい行方不明者というのは、いつの時期だってそれなりの数いるものなのだ。


「この男が何者であろうと、只者ではないことだけは確かなようだな」


 ライヤはその資料をファイルにまとめて、そっと本棚へとしまった。


 あえて言おう。

 只者である。そしてこれでもかというくらいの俗物である。

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