第20話 <結んで>くれ――!




 アレクセイが飛んで行く。あらぬ方向に。


『白鉄騎士団の名に懸けて必ず助けろ』


 そんなライヤからの指示に、サーシャは「ん」とだけ返事をして、巨鳥を旋回させた。翼をはためかせ、向かい風の中を追うサーシャ。


「動き止め、て。必ず拾、う!」


 サーシャに呼びかけられるが、止められない。

 まずい。なんでよりによって逆方向なんだ。

 せっかく助かったと思ったのに――。


『出力がゼロになるまで、なんとか空中にいてくれ!』


 それができれば巨鳥が彼を拾えるはずだ。

 だが、術式中に無理に動かした弊害か、体が意思に抵抗して、手の向きがかわる。

 一度舞い上がり、そして今度は落ちる――!


「死にたくない死にたくない死にたくない!!」

『燃えない何かに乗り移れないか!?』

「そんなものあるわけ……」


 ――ッ!?


「あ、あるはず……」


 山頂付近でアレクセイは思いついた。


 神様のポイ捨て本体。

 天空から落ちてきた“なにか”によって起きた山火事だ。その“なにか”がきっとあるはず。

 どこだ? どこだ? どこ……あった!


 弧を描いて舞い落ちてきたあの種火が、山頂でひときわ強く、青白い炎を出している。


 あれに乗り移れれば、もしかしたら――。


 炎の海と化している大地に落下した。

 人形は硬い音を立てて、炎の中を転がる。痛い。しかも、熱がこれまで以上に高い。

 廻っていた上半身が止まってしまった。

 それでも足はまだなんとか動いた。歩く。近づく。生き残るために。


 するとすぐに青白い炎が、まるで龍のようにうねり、狙い撃ちにしてきた。避けようとするが、体のバランスが悪く、うまく動けない。肩に当たった。倒れそうになる。だが、まだ大丈夫。

 それよりも、やっぱり――。


 こいつ生物だ。

 この落とし火の中心になにかいる!


 アレクセイは人形から抜け出した。ただの魂となって、そのなにかに近づく。

 憑依しようと、炎の中に入り込んだ。


 ――ッ!



 軽い絶望がアレクセイを襲った。


 憑依できない。

 一瞬で自分という存在の根源がもっていかれそうになった。魂の力が違いすぎる。これでは乗り移るどころか飲み込まれる。


 なんという魂の大きさだ。


 ダンジョンにいた霧の化物も大きいな魂だと思ったが、あれはせいぜいアレクセイ10人分程度だった。それでも巨大な差だ。だが、魂を追い出されるような体験はいくら理の外の存在でも、なかなかないのだろう。

 アレクセイはその経験の差で力の差を覆せた。

 だが、この神様のポイ捨てはアレクセイ数万人分はある。


 ――ひぃぃいいぎゃぁぁああ!


 理の外の存在が甲高い悲鳴をあげた。憑依できないとはいえ、魂に直接手を入れられる感覚は、とてつもない恐怖なのだろう。


 神様のポイ捨ての暴走が加速する。


 <燃やし尽くせ焼き尽くせ……>


 アレクセイの魂に相手の<古い言葉>が干渉してくる。

 こちらが飲まれる前に、せめて炎を消すように誘導できれば――。



 <燃やし尽くせ焼き尽くせ燃やし尽くせ焼き尽くせ燃やし尽くせ焼き尽くせ……>



 ダメだ。飲まれる――その直感と同時に、アレクセイはその落とし火本体から離れた。間一髪だったように思う。

 だが、これではもうどうしようもない。もしこの炎を消せるとしたら、自身の意思でそうさせるしかない。

 だが、一体どうやって?

 それも考えている時間はない。


 このままでは魂と共に自分という存在が消える――?


 根源的な恐怖がアレクセイを襲う。

 その時、


「アレク、セイ! アレクセ、イ!!」


 空中から自分を呼ぶ叫びが聞こえた。

 見上げた先には、悲痛な顔を見せるサーシャと巨鳥。

 彼女達を見て一つだけ思いついた。いや、思い出した。


 ――たった七人でどうしてそんなことができたの? そんなに強かったの?


 昔は<支配者>と記されていたキズビトが起こした戦争について、神父ディミアンにそう質問したことがある。

 そんな幼き日のことだ。


 ――教会と貴族はこの事実を隠しているんだよ。そういう汚い大人を信じちゃダメだぞ。


 だいぶ汚れた大人である神父ディミアンが、なぜ、キズビトは<支配者>と呼ばれているのかを語り、そんな言葉で締めくくったことがあった。

 賭けるしかない。

 あの時、神父から聞いた陰謀論に。

 ……賭けるものがそれしかないとか不安過ぎるけどッ!


 再びアレクセイは人形へと戻った。動こうにも熱で軋む。その熱に焼かれた痛みがひどい。


「最後だ。少しでいいから動いてくれよ!」


 <ぐるんぐるんと風は吹く。ぐるんぐるんと舞ってゆけ>


 動こうとしない。繰り返す。また繰り返す。体が軋む。<古い言葉>に応えようと体が音を立てる。


 <ぐるんぐるんと風は吹く。ぐるんぐるんと舞ってゆけ>


 動いた。体が回りだした。風が吹く。

 そしてアレクセイは一度空を見上げた。サーシャとあの巨鳥の顔を見て考える。

 鍵はサーシャだ。だが、サーシャ一人では魂の大きさに差がありすぎる。アレクセイが乗り移れなかったように、サーシャに危険が及ぶ可能性が高い。


 だが、二人分のマナなら。


 ぶっつけ本番で人同士のマナのやりとりなんて現実的ではない。

 でも、やるしかない。それでもそれ以外に方法は見当たらない。


 マナの連携に必要な<古い言葉>は――?

 <支配>――やはりその言葉が思い浮かび、空を見上げた。

 サーシャと巨鳥の姿がそこにあった。お互いを思い合う優しさをもった一人と一羽。

 違う。

 キズビトは<支配者>だとしても、サーシャはそうじゃない気がする。

 きっともっと……。


 考えている間に、<まわる人形>の風が目の前の神様のポイ捨ての炎を吹き飛ばす。

 炎がはがされたそこには、痩せぎすで、頭と目ばかりが大きく、全身が灰色の奇妙な人型の生き物がいた。

 人形が力をなくしてくる。炎が再び力を戻し始める。

 まずい。山からの風とこの熱により生まれた気流がぶつかり、空気が巻き上がりだした。


 火災旋風だ。

 白い炎となった巨大な竜巻が、数本立ち上がった。この世のあらゆるものを飲み込もうとでもするかの勢いで、荒れ狂い始める。

 上空のサーシャと巨鳥も危ない。いや、このままでは騎士団も避難している教会員達も、ふもとの町も飲み込まれる。


 そこで思いついた。

 サーシャとあの巨鳥にあう<支配>以外の言葉――これだという言葉を。


 だが、“龍へと至る道”で自分だけが連携できなかった日々が頭によぎる。それこそが一員になれなかった証のような気がして、奥歯を噛む。


 ――役立たずなんだ。出ていけ。


 イゴールから言われた声が蘇った。

 それでもアレクセイは空へ向かって叫び、その言葉にマナを託した。


「サーシャ! こいつと<結んで>くれ!」

「……結、ぶ」


 巨鳥が急降下してくる。サーシャは咄嗟に、<支配>に変わる言葉になる――と受け取り、表情が変わった。アレクセイの選んだ<結ぶ>に、わずかな疑いもなく飛び降りる。


「んッ……!」


 サーシャの元に投げられた<結ぶ>に、アレクセイが気を失いそうになるほどのマナが乗っていた。サーシャはそれをしっかりと受け取った。その手に二人分のマナが宿る。

 腕を引き、強く拳が握られた。



 <残酷な神があなたとわたしを結びつける――>



 それはアレクセイから優しい古い言葉を受け取り、サーシャが即興で使った新しい文句だった。


 アレクセイとサーシャ二人分のマナ。

 あまりに膨大なマナの乗せられた<古い言葉>と共に、その拳が炎を失った奇妙な人型の腹へとねじこまれた。

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