第12話 この高速低空タックルに膝はあわせられない
神託の木だ。
巨木というのはそれだけで人の心に、なんらかの神秘性を感じさせる。
この木もそうだった。周りの木に比べると二回りくらい巨大で、見るからに神となんらかの関係がありそうだ。この下で神託を得たというのなら、きっとそうなのだろうというような説得力がある。
この神木を守るためにきた教会員達は、あっち側の騎士団のような兵器じみた人員がいるわけではなく、ただただ地味に穴掘りをしていた。
ご神木が燃えないように周りの木を伐り、ひたすらスコップで掘る。汗だくになって掘る。体が痛くても掘る。熱くても掘る。掘る。掘る。掘る。
山の上から青白い炎が迫ってきているのが分かっても掘る。掘らされる。
全員が必死だった。
話によれば、あの青白い炎は人間を見つけると、積極的に燃やしにくるという。最初は嘘っぱちだろうと思う人間も多かったが、あの青白い異様な燃え方を見た途端に、魂までも燃やしにくるような恐怖をもった。
「これは神が与えた試練だ。この神託の木になにかあったら、神への裏切りと思え」
聖堂騎士がそんな無茶なこと言っている。
というか、お前も掘れよ、一番体力ありそうなのお前だろ――という恨み言が喉から出かかるが、そこはぐっとこらえる。
神父さんの嘘つき!
ここもめちゃくちゃ危険じゃないかぁ!。
こっちに炎が広がってきたら、走って逃げても間に合わないと思うんだけど!
中年の女性が腰を抑えながら、聖堂騎士に抗議に向かった。
「あの、もうそろそろいいんじゃ……?」
そうだそうだ!
「いいや、まだだ。これでは山側の枝葉から燃え移る可能性がある」
ぶーぶー!
「いくら神託の木だからって、それよりも人間の命でしょう!」
そうだそうだ!
「恐れてはいけ、な……ひぃぃぃいい!」
ぶー……え? ひぃいい?
聖堂騎士の突然の悲鳴にアレクセイは山側に振り返った。
あの炎はここの人間を補足して、一直線に迫ってくる。
細く、まるで鞭のようにしなって伸びてくる炎――。
アレクセイは行動が遅れた。
炎が自分目掛けて襲い掛かってくる。
これはまさか、死……?
「――少年ッ!!」
それはここにいるはずのない白鉄騎士団団長ライヤの叫び声だった。
あ、あの赤い髪――と認識した直後、アレクセイの体に衝撃が走った。
“技師にして義肢の騎士”と言われるライヤ自身によって作られた<かたい手足>、その高出力の義足から繰り出される高速低空タックルが、炎よりも早くアレクセイの足をからめとったのだ。
真正面から対峙したとしても、この素早いタックルを迎撃することは人間の反射ではかなわなかっただろう。それ程の早さだった。
そのままライヤとともに勢いよく転がる。
ついさっきアレクセイがいた大地を炎の鞭が叩き、勢いよく火柱が舞い上がった。
あ、あれは余裕で死ねる……。
人間――正確には祝福された魂をもつ生物を見つけると、このポイ捨ての炎は数十メートル程度なら飛び越えて襲ってくる。
発見されなければ、燃えるものを排除しさえすれば、普通の山火事と同じように燃え広がることはないのだが。
アレクセイは火柱を見て、倒れている自分の上にいるこの赤毛の女性に助けられたのだと自覚した。
「あ、ありがとうございます……」
だが、ライヤは返事をせずにすぐに立ち上がり、
「私の傍に<歩けない人形>二体転送ッ!」
耳につけている道具<遠い耳>へ叫んだ。その声はすぐに王城の<門>付近に待機している技術者たちの元に届く。
だが、まだアレクセイには振り返らない。
「全員退避しろ! 炎はここを狙ってくる!!」
更なる大きな声で、教会員達へ指示を叫ぶ。
次の瞬間、ライヤの頭上数メートル先が波打った。本国から<門>が開く。その空間から二体の人型のなにかが落下してきた。
いや、正確には人型ではなかった。上半身しかないなにか――ライヤのさっきの言葉の通り、足がなく<歩けない人形>だ。
頭はあっても顔のないその上半身は、迫ろうとしている炎に向かって手を伸ばした。
<こないでこないで。あっちにいって>
ライヤのそのつぶやきに、アレクセイはなんて綺麗な<古い言葉>とマナだと目を見張った。これほどに奇麗な<古い言葉>は、彼の記憶の中で最も長けているシスター、エカテリーナでも無理だろう。
ライヤのその言葉とマナに<足のない人形>が応える。
伸ばした手から強い風が吹き出た。猛勢を振るう炎を逆に押し戻してゆく。
「さっさと避難しろ、教会信者共! この期に及んでなにをボケっとしている!? 貴様らのおかしいのは耳か!? それとも頭か!?」
さっきの綺麗な古い言葉とは正反対の、汚い罵倒じみた叫びが上がった。教会員達は目の前の起こっているおかしな光景に唖然としていたが、ハッと我に返った。スコップを投げ捨てて、早足でその場から逃げはじめる。
「ライヤさん、ありがとうございます!」
アレクセイもまたスコップを投げ捨て、彼らと同様に逃げ――。
「待て。キミはこっちにきてくれ」
「え?」
ライヤが縋りつくようにアレクセイの腕を、その両の義手でつかんだ。
「頼む。サーシャを助けてくれ……」
「……サーシャがどうかしたんですか?」
ライヤの表情が固く重い。
ただごとではないと、それだけで分かる。
今日会ったあの背の高い女性。ただたどしい喋り方で剣を褒めてくれたあの声、そしてとても自然で心地いい匂い、それらが一気に頭の中に思い起こされる。
「サーシャは今あの炎の中に取り残されてしまっている……」
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