浮気ゲーム(仮)
白稲 胡太郎
第1話 開始
初めてのプロポーズは失敗に終わった。
確実に成功すると思っていた。
「え?断った?」
「うん、ごめん」そう言って彩は部屋に戻ってしまった。
完全に予想外だ。もちろん確実に成功するつもりだった。彩には、そろそろプロポーズするよって、ここ最近匂わせてきた。嫌な感じ出していなかったじゃないか。
事前に下見したおしゃれなレストランでご飯を食べた。そこでプロポーズをしようと思ったが、彩の話が止まらず雰囲気じゃないため、帰ってからプロポーズした。
それがだめだったのか?いや、それだけで断る理由にはならないはずだ。彩と付き合って、もう6年を過ぎ、同棲してからは4年くらいになる。良い頃合いだとこの前話したじゃないか。
2020年3月16日
東京で就職が決まった俺は、最後の沖縄での生活を楽しむはずだった。コロナで大学の卒業式も無くなり、そのほかのイベントも中止となった。だったら彩と沢山遊ぼうと思っていたが、先週プロポーズを断られてから、気まずい空気が続いている。
本当は、東京についてきてほしかった。彩の仕事はイラストやデザインで、専門学校を卒業して以来、パソコンさえあれば仕事ができるという環境だった。だからずっと家にいた。正直羨ましかった。俺もそんな職業に就きたいと思っていたが、俺の能力ではそういった仕事は見つからなかった。
ただ、沖縄での就職は嫌だった。死ぬまでここで生活をするのは耐えられなかった。東京への憧れはかなり大きく、だからSNSで見る内地組の生活は輝いて見えた。見たことのない色のお酒を、聞いたことのないコールで煽り、流行っているであろう音楽の流れた店内で毎晩楽しんでいる。そんな生活がしたいわけではないが、沖縄での縛りのきつさを感じる。
コンビニスイーツの販売広告の一部地域を除くは、基本沖縄のことを指す。ドラマも、映画もだ。沖縄にやってくる頃には、世間での旬は過ぎている。本当にここは日本なのか?俺の理想の日本はいつだって画面の中にしかなかった。
高校を卒業して県内大学に入った時から東京で就職すると決めた。だから大学では就活に力を入れた。業種にこだわりはなく、東京である事が重要だった。無事東京の2社から内定をもらい、そのうちIT系の会社に決めた。来週からは研修が始まる予定だ。
東京での就職が決まったことを彩に報告した日、彩は「すごいじゃん、私も一緒に行きたい!」と言っていくれた。冗談でも嬉しかった。それから結婚を考えた。
そんなことを考えながら引っ越し作業を進めていた。ここには大学に入ってから住んでいるから4年くらいになる。実家からの方が大学には近いが、東京に進学するのを許してくれなかった両親と暮らすのは無理だった。それから実家にはほとんど帰っていない。東京での就職がきまったことを報告しようか迷ったが、そうすると再び喧嘩になる事が目に見えていた。
意外に荷物が多く、作業が大変で彩にも手伝ってもらった。
「これは置いていってくれない?このぬいぐるみお気に入りなんだー」
「うん、いいよ、他に置いていってほしいものある?」
「うーん、あとでメモしておくね」
「わかった。そういえばさ、この部屋どうするの?さやちゃんは俺が向こうに行ってもここに住むの?」
「そのつもりだけど、いい?もちろんミツキが今まで払ってくれてた分も自分で払うから」
「もちろん、ほとんどさやちゃんが払ってくれていたようなもんだし」
最初は半々で出していた家賃や生活費も、収入の差から、だんだん彩が多く出すようになっていた。正直男なのにと恥ずかしかったが、「私の方が家にいること多いし、気にしないでよ」と気を遣ってくれていた。だから働き始めたら今までの分も俺が多く払おうと思っていた。
「やっぱりさ、向こうで一緒に暮らさない?さやちゃんの仕事はどこでもで切るじゃん。結婚は早過ぎたかもしれないけどさ、今までみたいに一緒に暮らそうよ」
「うーん、ここにいる方が仕事しやすいし、今は無理かな。私も一緒にらしたいけどさ、ミツキのこと大好きだし」
「じゃあ、どうして」
「いいじゃん、今は」
プロポーズを断った理由を聞かれるのを彩は露骨に嫌がった。何か俺にいえない理由があるのか、ただ俺を傷つけたくないのか。どちらにせよ気になった。
2020年3月26日
結局1人で東京に来た。卒業式の代わりのような各学科での小規模なイベントが一昨日にあり、昨日は高校から仲間達と家で送別会のような会をして今日東京に着いた。前回の面接以来の東京だ。本当は卒業旅行でくる予定だったが、このコロナ禍では無理だ。そして、明日から研修が始まる。なかなかのスケジュールだが、そんなことよりこれからの生活が楽しみで仕方がない。
憧れのこの地で生活ができる。まあ、住む場所は都会とはいえない場所だが、沖縄に比べればどこだって都会だ。空港から電車でこのアパートに向かう際、自分でも驚くほどワクワクしていた。沖縄には電車がない、車での移動がほとんどだった。明日からはこれに乗って出勤するのかと思うと、理想の人生を歩み始めたことを実感できた。
部屋は昨日まで住んでいた場所とほぼ同じ広さだ、2DKは1人で暮らすには十分すぎた。家具を並べて、荷物を整理しているとあっという間に日は暮れていた。作業を終えてから彩から電話が入っていたことに気がついた。
「もしもし、ごめん気づかなかった」
「お疲れ様、もう着いているんだね」
「うん、なかなか良い場所だよ久しぶりの一人暮らしだよ」
「そっか、楽しみだね!」
楽しみなもんか。彩のいない日々なんて楽しいはずがない。それほど俺の生活は彩ありきになっていた。
「明日から研修なんだよね?」
「うん。だから早く寝なきゃだよ」
「そうだよね、ミツキもうご飯食べた?」
「まだなんだよね、外で食べようと思っていたけど遅くなっちゃってさ、今から何か作って食べるよ」
「そっか、自炊できるの?」
馬鹿にしたような口調で彩は言う。
「さやちゃんよりは上手にできないけど、男にしてはできる方なんだよ俺」
「言えてる、ちゃんと食べてよ、体調崩さないようにね」
「ありがとう。さやちゃんはもう食べたの?」
「まだ、これからビーフシチュー作ろうと思って」
「いいなー、さやちゃんのビーフシチュー好きなんだよなー」
「ミツキはホワイトシチュー苦手だもんね。私もすっかりビーフシチュー派になってしまったよ」
彩に直接そんなことを言った覚えはないが、同棲を始めたときには、なぜか俺の苦手なものや好きなものを知っていた。多分だいぶ前に話したことがあるのだろう。「みつきのことはなんでも知っているんだー。」といって、俺の好きなものばかり作ってくれた。
「次の人はホワイトシチュー好きかな?」
あえて意地悪な質問をした。彩は返答に困ってクスッと笑っただけだった。
「一緒に作ろうよ!」
そうやって話を変えた彩に付き合って、一時間以上カメラをつけてお互いご飯を作りながら話した。久しぶりに作ったご飯はまずくはないものの、自分の味じゃないみたいだった。それほどに彩ちゃんに作ってもらっていたご飯が味覚どころか記憶に染み込んでいるのだろう。通話を終えて、初日から泣いてしまった。
翌日、研修が始まる。どんな部署で、どんな同期がいるか、初日の印象は大事だ。もしかしたら、
朝の東京は肌寒かった。沖縄じゃもう半袖でも過ごせる時期だ。ご飯を食べるのを忘れていて、途中コンビニに寄ったが、それでも時間に余裕があった。歩きながらおにぎりを食べ、ふと周りを見ると、自分のような人間が沢山駅に向かっている。映画でみる光景だ。普通なら変わらない退屈な日常のように描かれる場面に、俺は今かなり感動している。その普通な日常をこれから歩めるのだ。
電車は想像以上に満員だった。マスクをしているせいかもしれないが、息をするのが難しいくらい、人が密集している。せっかくセットした髪も誰かの肘で崩された。それでさえ新鮮で面白い。この中に自分がいることが誇らしい。駅名が書かれたマップを見て、見たことのある字面だとニヤニヤしていた。だめだ、田舎者だと舐められてしまう。
目的地の大崎で降り、アプリでマップを開き、目的地に会社名を入れて見ながら歩いた。聞いたことのあるチェーン店がいくつか並んでいる。あの居酒屋は来年沖縄に来るらしい。変な気分だ。聞き覚えのあるお店がこんなにもあるのに、まだ一度も行ったことがない。まるで外国に来たかのように全てが違う。就活や旅行で何度も来たことがあるはずなのに、住むとなると、全てが今までいた場所とは全く別物に映る。
「目的地は右側です」ナビの音で気がつく。今右に見える、この高いビルで俺は働くんだ。新入社員であろう綺麗な格好をした若者たちがそのビルに向かって歩いていく。どうやら今年は全体での新入社員が集まる会のようなものはできないらしく、係の人に名前を伝えて、言われた部署にすぐに向かうことになっていた。
「おはようございます!ようこそヴィンチアルゴへ!新入社員の方ですか?」
テーマパークのキャストのような明るい声だ。さすが大手企業、俺もちゃんとしなきゃ。
「おはようございます!今日からお世話になります!
自分でもびっくりするほど大きな声を出してしまい、その場の全員に見られた気がした。
「お!朝から元気ですね、神谷みつきさんですね、しばらくお待ちください」
ここで部署名の発表を受けて、名札をもらうようだ。希望はシステム開発だが、俺の持っている資格では多分無理だろう。おそらく営業での採用だと思う。
「神谷さん、えっと、ここじゃないですね」
「はい?」
「神谷さんの部署はここではないです。すみません、連絡が来ていないようですね、ここに向かってもらってもよろしいですか?」
一枚のメモを渡された。
「あのー、ここは」
「こことは別の部署になります。ここから近いので、そちらで頑張ってくださいね!」
なんで俺だけ?前に並んでいた人たちは皆名札をもらって入っていった。メモに記された建物の名前をアプリで検索したが、ヒットしなかった。戸惑ったが、会社のホームページから、どうやらここだという住所を見つけて再び検索した。どうやら徒歩十分らしい。なかなか遠いじゃないか。
「目的地に到着しました」
ん?どこだ?着いていないじゃないか。アプリを確認したが、間違っていないらしい。
まさかここか?さっきの建物とは比べものにならないほどの小さな建物が目の前にある。あたりには小さな公園と聞いたことのないスーパーくらいしかない。信じたくないがどうやらここらしい。
「おい、新入りか?」
後ろから四十代くらいの、おそらくこの会社の社員のような人に声をかけられた。
「あ、はい、おはようございます。今日からお世話になります」
「なんで新入りがここに?やらかしたのか?」
「え、いや、そんなことしたつもりはないですが」
「ふーん、初日にこんなギリギリで来るやつは、何かやらかしてそうだけどな。」
時間を確認すると8時28分だった。やばい、集合時間は8時半だ。その人についていく形で俺はそこに入った。
「あの、ここは?」
「ああ、部署名はないよ、難しい企画とか、営業とか、向こうができない仕事が回ってくるゴミ箱だ。左遷ルートだよ」
「え、じゃあ私の仕事は?」
「クレーム対応だろうな、頑張れよ」
「こら、村井、貴重な新人をいじめないでよ」
ショートカットで、金か明るいち茶色のような髪の三十代くらいの綺麗な女性が出てきた。
「あ、おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「おはよ、神谷みつきさんね、名前聞いた時は女の子かと思ってたよ」
女の子みたいな名前だとはよく言われる。オカマだとかいじられたことも中学まではあった気がする。
「ごめんね、連絡していなかったみたいで。わたし、
「よろしくお願いします。すみません遅くなって、他の新入社員はもう集まってますよね?」
「え、新入社員は君だけだよ?村井、なにも説明していないの?」
「さっき会ったばかりなんで、ここは向こうとは違って新入社員がくるようなところじゃないんだよ。社名は一緒でも、ゴミしか回ってこない、通称ゴミ収集舎だ」
「変なこと言わないでよ。みんな良い人たちだから、すぐに馴染めるはずよ」
美里さんはニコニコしながらデスクまで案内してくれた。途中で、他の社員の方に挨拶をして回った。服装がバラバラの30〜50代の男女半々、社員は全体で十名くらいのようだった。どうやら、かなり小規模らしい。俺のデスクは作業部屋と呼ばれる広い空間の隅にポツンと置かれていた。たくさんの人が出入りするであろうその部屋は、大きな机と様々な道具が、決まった位置に置かれており、新品のグレーの机はかなり異質であった。ここが居場所だ。
「みつきさんにはここで作業をしてもらいます」
美里さんはさっきまでの明るい声で、申し訳なさを隠しているような、丁寧な口調で作業内容を説明してくれた。どうやらシステムのチェックが主な作業らしい。システムチェックは5回行うことになっており、本社で3回、ここで2回行うことになっているらしい。最後の2回をここでチェックするので、問題が起きクレームが来た場合は、ここが責任を負うことになるらしいことを、ニヤニヤしながら口を挟んできた光さんが教えてくれた。
「だからまあ、ここでも更に5回くらいはチェックすることになるよ。優秀な本社様が作ったものは、ほとんど問題がないはずだし、何回やるかは任せるが、もし問題があったらお前の責任だ」
「なに言ってるの、みつきさんの担当は村井君なんだから、あんたの責任だよ」
「聞いてないよそんなこと、じゃあ5回だ、いや6回だ、6回チェックしろ、どうせやることないんだし暇だろ」
「わかりました」
光さんからチェック方法の説明を聞いたが、かなり単純作業だ。パソコンを触ることができれば誰でもできるような内容だった。これはかなり退屈な時間を過ごすことになりそうだ。
「じゃあ、わからないことあったら、村井君に聞いてね」
「わかりました」
俺のスペース以外の列の蛍光灯を消して、2人はそれぞれのデスクに戻っていった。1人残されたやけに広い空間は、あまりにも静かで、暗かった。研修というから社内の説明だったり、ビジネスマナーだったり、そんな説明が行われるものだと思っていた。コロナの影響でできないのだろうか、そう願いたい。でも、向こうでは新しいスーツに身を包んだ新入社員が、間隔を空けて集合して、そういった事が行われていることが想像できた。それから正午のチャイムがなるまで黙々と作業を続けた。
「お昼どうする?一応本社の食堂使うこともできるけど?」
美里さんは、チャイムと同時くらいにそう聞いてくれた。もともとそうするつもりだったが、一応という言葉に引っかかり、「大丈夫です。観光がてら、外で食べて来ます」と少しボケて外に出た。もちろん美里さんは笑わなかった。
気を遣ってくれたか、美里さんに言われてからか、後から来た光さんがラーメン屋に連れて行ってくれた。
「つまんねーだろ?」
勝手に塩ラーメンを二つ注文した光さんが運ばれてきた水を飲みながら尋ねた。
「つまんないというか、やりがいを感じないというか、初日で生意気ですよね」
「そういう場所だ、慣れるしかない」
「光さんはやりがいとか感じるんですか?」
「感じないよ。金のために働いているだけだ」
「辛くないですか?」
「辛いから金がもらえるんだ、働くってのはそんなもんだ」
「そうですよね」
「でもな、安心しろ、この辛さってのはどんどん麻痺してくるんだ、最初は辛いが、どんどん当たり前になってくる、そしたら後はこなすだけだよ」
「そんなマインドで続けられるもんですかね?明日も、また明日もって、僕は今たった二、三時間でヘトヘトですよ」
「そのために酒がある」
光さんがめちゃくちゃダサい決め台詞を吐いた後、目の前に塩ラーメンが現れた。めちゃくちゃ美味かった。
職場に戻る際に、光さんが「後五時間頑張れば帰れる」と言ってくれた。初日にそのマインドはどうかと思ったが、午後はその言葉に励まされ、時計を確認しながら作業を進めると終わっていた。
「みつき君お疲れ様、困ったことはなかった?」
「お疲れ様です。大丈夫でした。」
「よかった、本当は明日も休みだし、この後みつきくんの歓迎会をやりたいところなんだけど、こういうご時世じゃない?社内でも止められてて」
「あ、大丈夫ですよ、ありがとうございます!」
「そうね、コロナが落ち着いたら改めてやろうね」
「いつ落ち着くかわかんないでしょ」
「なんで村井君はそんなことしか言えないかな」
「そんないつになるかわからないんだから、うち来るか?」
「え、いいんですか?」
「いいよ、嫁に確認するよ。同期もいなくて寂しいだろ」
「ありがとうございます、ぜひ行きたいです」
「いいこと言うじゃん村井君、私も行く!」
「若月さんはいいでしょ、邪魔ですよ」
「嫌だ行く!
結局、美里さんも行くことになった。光さんは先に家にかって準備をしてくれるようで、俺は美里さんと買い出しに行くことになった。
「ごめんね、こんな場所で仕事させちゃって」
「いいえ、ちょっとびっくりしましたが、大丈夫です。お二人のおかげです、ありがとうございます」
「村井君変わってるでしょ?」
「厳しい人だと思ったんですけど、お昼にラーメン奢ってくれて、お家にまで招いてくれて、ありがたいです」
「多分歳の近い男子が来てくれて喜んでるのよ、もちろん私も嬉しいんだけどね、村井君も若いのにずっと頑張ってくれてるから」
「光さんっておいくつなんですか?」
「私の4つ下だったと思うから35かな?」
「あ、そうなんですね、かなりしっかりしてる感じなのでもっと年上だと思っていました。美里さんの方が年上なんですね」
「私もっと若く見えるってこと?嬉しいこと言うじゃない、よし先輩の奢りだ、なんでも好きなもの買いなさい」
聞いたことのないスーパーで、お酒や刺身、お惣菜などをかなりの量買ったので光さんの家にはタクシーに乗って向かった。職場から一駅の距離くらいだろうか、光さんは歩いて出勤しているらしい。
美里さんがインターホンを押すと、すぐに光さんの奥さんと思われる可愛らしい女性が出てきた。正直ドキッとした。
「いらっしゃい、美里さん久しぶりです、みつきくんもどうぞ上がって!」
この人も美里さんと同じようなすごく明るい声だった。
「美桜ちゃんいきなりでごめんね」
「お邪魔します」
二階建ての一軒家だった。これが広いのかはわからないが、30代の夫婦にしては立派な家なのだろう。光さんはソファーに腰をかけて既にビールを飲んでいた。マスクを取った人を見るのが久しぶりに感じた。年齢を知ったからか、40代だと思っていた光さんの顔は確かに35歳の顔だった。マスクで隠れていた口元は、整えられた髭が生えており、できる30代という雰囲気が出ている。美里さんはマスクをとっても変わらず美しく、マスクをしているから下は化粧をしていないと美桜さんと話しているのが聞こえたが、信じられない。美桜さんも20代と言われても違和感のないくらい、若々しく可愛らしい。これが東京クオリティーか。
テーブルに料理が並べられて、4人でそれを囲んだ。今日会ったばかりの年上3人とテーブルを囲むのはなんだか不思議な感じで緊張したが、お酒の力もありすぐに会話に入ることができた。
「え、みつき君沖縄から来たの?」
「実は、そうなんですよ」
「なんで早く言ってくれないの」
「すみません、言い出すきっかけがなくて」
「美里さんもそれくらい知っておいてくださいよ、履歴書もらってたでしょ。まあ俺は気づいてたけどな?」
「え、どうしてですか」
気をつけていが、訛りが出たのか?でも訛りだけで沖縄だとわかるものか?少しバレないようにしていたから悔しい。
「下の名前で呼ぶから気になっていたんだよ?失礼なやつだなって」
「え?」
「確かに、私も気になってた!だから私も下の名前で読んだ方が良いのかなって思っちゃってた」
「だから調べてみたら、沖縄ではそれが常識らしい。他ではあまりやらない方がいいぞ」
「そうなんですね、知りませんでした、気をつけます」
「いいよみつき君、私たちにはそのままで!その方が距離近い感じするじゃん!」
しばらく沖縄トークが続き、美里さんと美桜さんがガールズトークで盛り上がり始めたのをみて、光さんがお酒を持って別の部屋に案内してくれた。光さんの部屋のようで、かなり整頓されていた。
「あの、今日はありがとうございます」
「なんのことだ?」
「ここに誘ってくれたのもそうですが、今日一日気にかけてくれて、サポートしてくれて、本当に助かりました」
「なかなか意地悪に接したつもりだったが、どMか?」
「いやいやそうじゃないんですけど、確かに意地悪でした」
光さんは声を出して笑った。それをみて一気に緊張がほぐれた。正直部屋に呼ばれたから説教されるのではないかと警戒していたが、そんな気はないようだ。
「光さん、一つ聞いてもいいですか?」
「内容による」
「ああ、えっと、ご結婚っていつなされたんですか?」
「気になるか?」
「なります」
「28のときだ。4年付き合って、そのまま結婚した」
「そうなんですか、早いですね」
「早いか?」
「はい、羨ましいです」
「お前、彼女は?」
この質問を待っていた。誰かに相談したかった。一昨日起こったことを。光さんが良いと思った。
「いました」
「別れたのか?」
「別れてはいないはずなんですけど」
「なんだ、話してみろ」
どこから話して良いかわからなかったから、彩と付き合った時の話から始めた。
彩とは、高校で出会い、1年の時に付き合った。俺はバスケ部で、彩は美術部だった。接点はクラスが一緒なことだけだったが、2年には別々のクラスになり、接点がなくなったが、毎週数回部活終わりに公園に集まって、2人だけで夜まで話した。高校を卒業して後は、俺は県内の大学に、彩は専門学校に進学した。
別々の道に進んでからすぐだった、彩の母が亡くなった。彩を1人で育てた母は病気を抱えていた。医者からはよく頑張った方だと言われたらしい。俺は彩と一緒に住むことを決めた。だからめちゃくちゃバイトした。シフトを入れてもらえなくなると、コンビニ、カラオケ、塾、カフェ、といろんなバイトを転々とした。この生活は就活にも活かせた。そんな生活だったから大学で友達はあまりできなかったが、必要なかった。彩と一緒にいられるだけで幸せだった。
彩は恐ろしいほど芸術的才能があるらしく様々なところで評価されていた。2年で専門を卒業してからは、すぐにフリーで仕事をもらえるほどだった。そっからはどれだけ俺がバイトをしても彩の方が稼げる状態になり、家賃や生活費は彼女がほとんど負担してくれるようになった。だから大学3年からは就活に力を入れることができた。
こうやってお互いがお互いを支え合い、高め合うことのできる最高な関係だった。だから先日プロポーズをした。自信しかなかった。俺も働いたら今までよりも良い生活ができるはずだし、東京で2人で暮らしたかった。そのほうが彩の仕事も増えるはずだし、実際そんな話をしたこともあった。彩だって結婚を意識しているのかと思っていた。俺の勘違いなのか、振られた。
その後だった、俺が東京に行く前の日、つまり一昨日の話だ。午前中で支度を終えて、午後は高校からの友達とみんなで俺の家で遊んでいた。みんな彩とも仲が良いメンバーだった。みんなが送別会をやろうと集まってくれていた。かなり嬉しくて、楽しかったが、正直最後の夜は彩と過ごしたかった。みんなもそれを察してくれたのだろう。夜には帰ってくれた。
プロポーズを断られてから、なんとなく気まずい感じが続いていたから、何を話せば良いかわからなかった。すると、2人で片付けをしているときに彩が急に話し出した。
「長すぎたんだよ、6年も」
「長いのかもね」
「高校からさ、ミツキも、私もお互い誰とも付き合ってないんだよ?」
「それが嫌なの?」
「嫌じゃない、それは嬉しいことなの。でもね、私たち何も知らないじゃない、お互いのことしか知らない。趣味も、よく行くレストランも、2人でしか共有していないし、キスもハグもセックスも、ミツキのやり方しか知らない」
「俺だってそうだよ」
「だから、だからそれで良いのかなって、もっと他の可能性もあるんじゃないのかなって?」
「別れたいってこと?飽きたってこと?」
「そういうことじゃないんだって」
「いいよ、さやちゃんの優しいところは好きだけど、今ははっきり言ってほしい」
「別れたいわけじゃないの、でも、ミツキしか知らない状態で、ミツキだって私しか知らない状態で結婚はしたくない」
「じゃあどうしたいの?」
彩は泣いているのだろうか、皿を洗いながら俺に背を向けていた。俺は泣きそうだった。
「ゲームしない?」
「え?」
「2人ともさ、新しい相手を見つけるの。そしてさ、先に新しい相手を見つけた方が勝ちってゲーム」
「なにそれ、なにがしたいの?」
「勝った方が決めるの、このままその相手と付き合うか、それともやっぱり私たち結婚するか」
意味がわからなかった。でも、わかる。彩が冗談でこんなことを言うわけがないことも。
「わかった。さやちゃんがなにを考えているかわからないけど、それで良いよ」
「ミツキ怒ってる?」
「俺はさ、覚悟を決めてプロポーズしたんだよ?こんなふざけたゲームで結婚するかしないかを決めるなんて怒るに決まってるじゃん」
「ごめん、でも私だって本気でミツキのことが好きだから、ちゃんと考えたんだよ」
わかってる。彩は時々変な言動をとる。俺を含む誰もが理解不能なことをするが、いつだって本気だ。ただ、それがわかっていても嫌な気分になった。でも、彩と結婚したい、結婚さえできればその過程がどれだけめちゃくちゃだって良い。
こうしてゲームが始まった。
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