ヒーローになれと言われたって、一番憎んでるのはヒーローなのに
幽美 有明
第1話
ヒーローまたは英雄。そういう存在は人類が誕生してから常に存在し続けた。時に獣から護り、時に災害から守り。人を何かから守ることで存在し続け、生まれ続けた。
それは現代という世の中でも変わらない。それどころか顕著になってきたとも言える。
漫画や物語の世界ではない、現実の世界に、ヒーローや英雄は存在し、悪もまた存在した。
鉄筋コンクリート作りのビルの一室。その部屋ではカタカタとキーボードをタイピングする音と怒号が飛び交っていた。
「納期は明日だ、何としても間に合わせろ!」
こんなにも忙しい中に手を動かしながらわざわざ声を荒らげているのは、この状況を作り出した張本人である社長だった。
「何が間に合わせろだ、間に合わないってわかってただろ」
「文句言う前に手を動かさないと帰れないぞ」
そして話しながらも手を動かし続ける俺も隣にいる後輩も、この部屋にいる社長以外の全員がこの状況下では被害者だった。
「わかってますよ先輩」
従業員十五人の下請け会社は、迫る納期に追われながら忙しなく動いていた。
「柴田さんが落ちた!」
「寝かせておけ、昨日無理したからそうなるんだ。柴田の仕事、私の方に回せ」
誰かが寝落ちして、社長がその仕事を受け持つのもよく見る風景だ。
誰も席を立つことなく、ただただキーボードのキーを叩く音だけが長い時間響き続けた。
「はい、はい。今後ともよろしくお願い致します」
社長が電話越しに取引先と納品の確認をしていた。
「納品完了だ」
納品が終わり、仕事から俺たち従業員は開放された。
「あぁぁぁ」
「終わったー!」
「Zzz……」
意味無く声を漏らす者、既に寝ている者、などなど。誰一人として動こうとしない。
「先輩、生きてますか」
「生きてる、そして俺はもう帰る」
「お疲れ様っす。俺ちょっと仮眠してから帰りますわ」
全ての仕事が終わり、納品も終わった部屋の中は死屍累々の有様だ。
誰も彼も机のキーボードを退けて突っ伏している。例外としては社長がどっかに行ったくらいか。
この中で一番仕事ができるのも社長だから、誰も何も言えない。何よりそんな気力も、仕事によって奪われている
納期ぎりぎりまで仕事をするのは今回が初めてじゃない。これまでに何度も、納期の厳しい仕事を持ってきてはこんな状況になっている。
それでも誰も辞めないのは、仕事見合った給料が手に入るからに他ならない。
ただその金も、使う休みがなければ意味なく貯まっていくだけだ。休みはあるにはある。
日曜が定休日になっているが、体を休めるのに使ってしまえばどこにも行くことがない。
仕事が終わって家に帰ったところで、晩飯を食べて、風呂に入って寝るだけでゲームなんかをしてる時間はない。家と職場の移動中だけが空き時間だ。
その移動時間も終電の時間はとうに過ぎ、家路に着くためには歩いて帰るしか無かった。
タクシーに乗る金なんて、持ち合わせていない。財布の中は昼飯を買うのに使ってしまったからな。
度重なる残業に徹夜。電車に乗ってたら、そのまま寝ていたかもしれないことを考えると、歩いて帰るしか選択肢が無かったのかもしれない
ただ街頭に照らされた薄暗い道を歩くだけというのも苦痛だ。いつもなら電車の席に座って、癒し動画なりで精神的な疲れを癒していた。だが歩きスマホは危険だから、本当にすることがない。
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