第96話 【幕間】 安心する人させる人

『どうして、どうして、どうして、どうして――――』




 声が聞こえる。またあの声だ。叫んでいるのか。嘆いているのか。つぶやいているのかわからない。けど……。




『どうして、私を、儂を、■してくれなかったの』




 俺は、この顔も知らない誰かを『救いたい』そう思った。これはいけないことだと、俺自身が理解している。厄災をもたらすかもしれない、禍が降りかかるかもしれない。それでも――――




 世界を敵に回すことになったとしても――。










 目が覚める。意識の覚醒。冷静に現状を把握しようと覚めたての頭を回す。




 直前の記憶を掘り起こす。確か、ウィルがへまして、俺が自分で腹貫いて……それから…………。やっぱりいいや。




 この横になっている感じからして、ベットだろうか? と言うことは、今は病院だろう。良かった。どうやら、あいつは勝てたみたいだな。




「レン……?」




 温かい声が聞こえた。よく知った、俺が助けようとした声が。




 そうだ、ローズを探しに行かなくちゃいけない。あいつは無事なんだろうか? あの後、俺が意識を失った後どうなったんだ? 取り合えず、この病院のどこかにいるはずだ。そうと決まれば――――




「いってぇーー」




 上体を起こそうとして、腹部に激痛が走った。そうだ、穴あいてた……。




「レン!!」




 その声は俺の幻聴ではなく、すぐ側から発されていたことに今気づいた。だから、その方向を向いた。




「ローズ……」




「良かった、本当に良かった……。死んじゃうのかと思ったんだから」




 ローズは泣いてはいなかった。明るくそう言って笑って見せた。だけど、そんな作った強がり、どんなに鈍かったとしても分かる。




 何でかって言うと。彼女の瞳が、頬が、その痕を残していたからだ。そんな痕は見て見ぬふりだ。




「お前……もう大丈夫なのか?」




「あんたよりは元気よ。腹に剣刺してないし」




「そいつは良かった…な……って、これどゆこと?」




 寝っ転がったまま、腕を頭の下で組もうと引っ張ったのだが……




 俺の視線の先は俺の手がある位置だ。もちろん腕も手もついているが、そういう事ではない。何かやけにあったかい気がしていたんだ。だけど、それが誰かの手によって温かくなっているなんて思わなかった。




「こ、これは……あんたが……握ってくれた……から?」




 ローズは髪の色みたいに赤くなっていく。視線は泳ぎ、顔は俯く。




「そっか……それよりずっと握ってくれてたんだな。ありがと」




「うん……」




 そう言って。柔らかな掌が離れていく。その寂しさが、冷たさが、少し…………似ていた。




『蓮、手おっきーね。前はこんなに小さかったのに』






「……!」




 記憶が再起する。




「レン! 大丈夫?」




「……ああ、大丈夫。それより、あれからどうなったんだ?」




「まだ私も詳しくは知らない。後で、ちゃんと説明してもらえるはずよ」




「そうか」




「……」




「……」




 病室は沈黙に満たされた。それは、一人は過去の記憶によって。もう一人は聞きたいことがあったから。




「ねえ、レン。あんたは何で……あの時私の手を取ってくれたの?」




 少し俯いたまま、上目遣いでそう言うローズはいつもとちょっと変わって見えた。




「……そうすべきだと思ったから。いや、そうしたかったからかもしれない」




 俺は必至だったからそんなこと考える暇なんて――――




「よく分からないわ」




 ローズは困ったように笑う。




 その困った顔が重なる。あの時のあいつの顔に。




 二人は顔も性格もまるで違う。それなのにローズからどこかあいつの懐かしい感じがするんだ。










『何で手握ってほしいんだよ……?』




 あの時の俺はまだ少し恥ずかしかったんだと思う。そして、現実の残酷さを理解していなかった。心のどこかでこれから普通に退院して、また一緒に笑って過ごせるって思ってた。




『そういうのイチイチ聞くのめんどくさくない? 嫁の貰い手がいないよ」




『俺は女じゃないから嫁じゃねぇだろ』




『はぁ、いいから。だって、そっちの方が……安心するでしょ?』




 いつものように悪戯っぽく笑って見せた。そして、優しく手を握ってきた少女を俺は一生忘れることはないだろう。忘れたくない。




 その「安心する」と言う彼女はどちらの事を言っていたのだろうか。強がっていた彼女自身か、それとも……。










「……うん、そうだよな」




「何か言った?」




 俺は腹の痛みをこらえて上体を起こす。痛いが、分かっていたら耐えられないこともない。それで、体ごとローズに向ける。




 ローズは少し、心配そうに不思議そうに俺を見つめる。それから俺は、あの時のあいつみたいに悪戯っぽく笑う。




「何でもないよ。……何で手を取ったか、それは……手握られてると安心するからさ、安心させたかったんだよ」




「そう……だったんだ……」




 ローズは笑う。それはもう、嬉しそうに。




 それはこれまでの大人っぽい美しくて綺麗な笑顔じゃなかった。




 それはそうだ、彼女はまだ大人ではなかったのだから。……だからこそ、こんなにも子供のような幸せそうな笑顔ができるんだと思った。




 病室の窓から光が差し込む。カーテンが揺れる。風が吹いた。




「なあ、ローズ?」




「何?」




「俺に助けさせてくれてありがとう」

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