第7章 - 2 それぞれの決意(3)
2 それぞれの決意(3)
――わたしの代わりに……。
やっぱり、彼はそうだと知っていた。
そしていよいよ伝えなければ……と、あんな本を持たせて呼び付けたのか?
――だけど、参ったな……。
ショックだった。
だからなのか、不思議なくらいにドッと疲れて、立っているのも辛いくらいになっていた。さらに言うなら、家にまっすぐ帰る気になれない。
そうなれば、浮かんでくるのはやっぱり千尋と翔太だ。
――見舞いの話も、謝らなきゃいけないし……。
病室を出てしばらくしてから、頼まれていた伝言のことを思い出した。
そして……まさみもきっと、達郎が気付いていると知っている。さらに、達哉には兄がいて、死んでいるのか、生きているのかさえ分からない。
――家に帰って、俺はどんな顔すりゃいいんだよ!?
そんな苦悩に逆らえず、彼は家とは反対方向の電車に乗った。
そうしてあっちの時代なら、さっさとスマホを取り出し、電話でもメールでもすればいいのだ。
なのに今は、スマホどころか携帯だってありゃしない。
一か八かで向かうしかないから、到着するまでドキドキだ。
ところがだった。
きっと日頃の行いか?
はたまた神様がいるって〝証〟なのか?
駅を降り、とりあえず二人のアパートに向かって歩いていると、横断歩道の向こう側から見知った姿がやってくる。他の人より頭一つは飛び出していて、向こうもこっちを見ながら手を振っていた。
「え〜どうしたの?」
そう言いながら近付いて来て、彼は人差し指を前後交互に差して、どっちに渡ると問いながら、
「もしよかったらさ、これからちょっと付き合わない?」
満面の笑みでそう言ってきた。
もちろん〝願ったり叶ったり〟だから、すぐに心の中で「やった!」と思った。しかし口を突いて出たのは少し違って、
「え? 別にいいけど……どっかに行くの?」
微妙な感じを滲ませながら、達哉は答えを返すのだった。
再出発のお祝いをしよう。
千尋にそんな感じで誘われた。
さすがに手ぶらってのもなんだから、酒の〝肴〟を買おうとコンビニまで行ってきた。
そう言って歩き出した翔太の後ろで、達哉はそこそこ真剣に思うのだった。
――俺が行って、邪魔じゃないのか?
どうしよう……と考えているうちに、あっという間に千尋の部屋に着いてしまった。
向こうから、誘ってきたんだから!
そんなことをしっかり思い、それでも多少は申し訳なさそうな顔をしながら玄関口に立ったのだ。するといきなり大きな声で、千尋が嬉しそうに言ってくる。
「あ! 良かったあ! 朝、藤木くんのおうちに電話したんだよ。でもお父さんの病院に行っているって言われちゃったから……」
それでも明日は翔太の引っ越しだから、お祝いするなら今日しかなかった。
「やっぱり、藤木くんってさ、なんだか〝持ってる〟よね」
千尋は妙に納得した顔をして、まるで独り言のようにそう声にした。
それからはいつも通りで、最初の掛け声だけは翔太に向けてのものだったが、それ以降は普段通りの飲み会となる。
そんなのが少し変化したのは、千尋が放ったひと言からだ。
フッと呟くように声にして、顔はまさしく真剣そのもの。
「わたしさ、これからちゃんと勉強して、弁護士になろうかなって思ってる」
翔太や達哉と知り合って、少しずつだがそう思うようになったからと……。
「だって、働きながら大学受けるって、ホント、凄いことだよ! それに、藤木くんだって、なんの得にもならないのに、そんな翔太さんのためにいろいろと頑張っちゃってさ、死にそうな目にも遭ったってのに……ああ、なんか、みんな凄いなあってね、なのにわたしだけ、なんにもしてない。わたしだけ、このままでいいんだろうかって、ちょっとね、思っちゃったりしたんだ……」
暴力なんかに負けないくらいの弁護士になって、困っている人を助けたい。
そうなってみせると宣言し、千尋はそこで一気に破顔した。
その瞬間、達哉の中で何かが弾けた。
ずっと心の奥底で燻っていたものが、この時一気に形となって吹き出してしまう。
「俺も、俺もさ!」「
そう声にしてすぐ、ほんの一瞬だけ微かな躊躇を意識はしたのだ。
ところが怒濤のような高揚感が押し寄せて、そんな躊躇などあっという間に消し去ってしまった。
「実は俺も、これからさ、医者を目指そうと思うんだ!」
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