やりなおし貴族の聖人化レベルアップ
八華
プロローグ
冬の日。
夜の闇に静まり返った王都の、公爵家の邸宅。
灯りの消えた部屋で、頼れるのは星の光だけだった。しかし、目の前にある黒い闇属性の
これをつかめば、俺は人類の敵になる。
闇の力は悪魔の力だ。使えば俺も悪魔の仲間、魔人となる。
――だが、強くなれる。
学園で俺に恥をかかせた勇者にも、お高くとまった王女にも、突っかかった口をきく侯爵令嬢にも……、誰にも負けない。
俺を力不足と言った父も、内心では俺に不満ばかり抱いていた側近たちも、みんな……
――後悔しても、もう遅い。
闇の塊に手を伸ばした。
俺の心臓に向かってエネルギーが流れこんでくる。
身体が魔力で満ちる。
一瞬で、今までの何十倍も強くなった。
「ふははは……」
笑いが止まらない。そうだ。皆に俺の力を見せてやろう。
「全て凍れ、フリーズ!」
身体から大量の魔力が出て行く。しかし、すぐに流れこむ闇の力がそれを補った。
公爵邸は、氷で覆いつくされていた。中の者たちは、皆、一瞬で凍りつき、命を奪われた。側近たちが俺に不満げな目を向けることも、もうない。
屋敷を出て、俺はゆっくりと歩き出した。
乾燥していた王都の空に、俺の魔力で雪を降らす。
激しい吹雪。
王都の貧しい者たちは、これだけで死んでいくことだろう。
人間の魔力の強さは、血統に依存する。
王都の貴族街には、腕に覚えのある貴族の魔導士がたくさんいた。
それを、ひとり、ひとり、殺す。
降り積もった新雪を赤く染めながら、俺は王城へ向けて歩いていた。そうすれば、殺したい奴らは向こうから現れてくれる。
小柄な人影が、俺に飛び掛かってきた。
期待通りの敵の登場。
生意気な王女だ。
歴代の王族の中でも特に秀で、初代王に並ぶとも言われた、優れた戦闘能力を持つ王女。
細剣の素早い突きは、点というより面になって俺に襲い掛かってきたが、その技量も、今となっては無意味だった。
「アイスバレット」
俺が全方位から撃ち出した無数の氷の弾丸に貫かれて、王女は倒れた。
また、雪が血で染まる。
「丈夫な王女の再生能力だと、この程度では死なないな」
首を刎ねてしまおう。
そう思い、倒れる王女に向けて足を踏み出した刹那、俺は誰かに突き飛ばされた。
「……来たか。平民勇者」
王都の、特に貧しい者が暮らす地区の、孤児院で育った勇者。
礼儀を弁えない、無知な男。
ただ、その手に持つ剣の光を見たとき、俺は無意識に後退っていた。
「その光は嫌いだ!」
とっさに、俺は全魔力を勇者にぶつけた。
闇の魔力が渦巻き、周囲の建物が破壊されていく。
だが、その中を勇者は俺に向かって前進していた。
勇者の剣は、俺の張った何重もの障壁を貫き、俺の心臓を突き刺した。
「ぐっ……う……」
雪の上に滴り落ちた俺の血は、真っ黒だった。
心臓を貫かれた俺の身体は、傷口から黒い霧となって消え始めていた。
悪魔に囚われた肉体は、死体を残さず消え去るのだ。
――まあ、いいさ。俺1個の命で、たくさん殺した。
悪魔の力に手を伸ばした時点で、俺の中で、自分の命も軽いものになっていた。
1回死ぬだけで大暴れできるなら、安いものじゃないか。
その考えがどれだけ甘かったかを、直後に俺は知ることとなる。
俺の愚かさの代償は、単に死んで終わりじゃなかった。
魔人となった俺の肉体は、勇者に切り殺され、黒い霧となって消えた。だが、闇に囚われた俺の魂は、悪魔に奪われていた。
俺の魂は擦り切れて消滅するまで、悪魔の糧にされ続けた。
なまじ魔力のある高位貴族だった俺の魂は頑丈だった。俺の死後、悪魔によって王国が滅亡し、人々が絶望していく様子を見ながら、十数年にわたってエネルギーを搾り取られた。
魂が最後のひとかけらになって消えていくとき感じたのは、「これでやっと解放される」という安堵だけだった。
* * *
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