二の九

 信十郎はいつものように正眼に構える。

 坂井が十文字槍を頭の上でぶんぶん振り回す。

 それは凄まじい威圧感をもって、迫ってくるようだった。信十郎は気おされまいと、刀を持つ手に力をこめる。

 坂井の槍が回転させた勢いのままに伸びてきた。信十郎は刀ではじく。はじかれた槍が空中でくるりとひるがえる。宝蔵院流の豪快な槍が、上からふたたび襲いかかる。

 信十郎は横に飛んでそれをかわす。追って槍が向きを変じ、横に薙いできた。身体をかがめる。頭のうえを穂先が走る。

 槍が振りきられたその間隙に、信十郎は、坂井のふところに飛びこんだ。坂井が、後ろに跳ねて逃げる。

 かわりに、左から、正木の小太刀が閃いた。一閃、二閃、間断なく、すさまじい速さで小太刀が連続で繰りだされる。信十郎は、どうにか刀でそれらをはじく。さらに正木の攻撃は続く。右から襲ってきたと思ったら、直後に左から刀が振りおろされ、振りおろされたと思ったら、逆手に持ちかえられた刀身が振りあげられる。中条流の変幻自在な攻撃に、信十郎はまったく翻弄された。

 かわした小太刀が振りおろされる。振りおろされた小太刀を、鍔もとで受けとめたのを機に、信十郎は力ずくで正木を押しやった。

 刹那、視界の端に、きらりと小さな光がはねた。

 あわてて後ろに飛びしさると、地面にこうがいのような細長い刃物が突き立った。御堂の投げた手裏剣だった。

 御堂までの距離は二間ほど。坂井と正木との間がひらいたのを好機とみて、信十郎は御堂まで走り寄ろうとした。

 だが、十文字槍が、つきだされ、行く手をさえぎった。

 しかたなく、後ろに下がって、間をあけた。

 御堂と信十郎の間に、坂井と正木が割って入る。

 三人が笑う。

 信十郎の額から汗が流れ落ちる。焦慮に駆られた。

 息をつく間もあたえようとせず、坂井の槍が襲いかかってきた。

 突きが連続で繰り出される。十文字槍はその名の通り穂先が十字になっていて、穂の両脇に突きでた鎌のぶんだけ幅が広くてよけにくい。

 信十郎は槍が突き出されるたびに身をひねって、またひねってかわしていたが、鎌の先端が時々胸をかすめる。このままでは穂先につらぬかれるのも時間の問題だった。刀をふって槍の穂をはじこうとした。だが、ふたつの刃と刃が重なった瞬間、刀をからめ落とそうと穂先がくるりと回転する。刀が鎌にからまる前に、信十郎は腕を後ろにふって、刀をもどす。

 刹那、正木が飛びこんできた。

 小太刀が左から薙いでくる。信十郎はかわす。振った刀を左手に持ちかえ、正木は身体を独楽のように回転させて、小太刀を薙ぐ。信十郎はよける。さらに右手に持ちかえて回転する独楽のような攻撃が繰り出される。よけてもよけてもきりがない。右、左、右、左と、小太刀を持ちかえての回転攻撃が続けられた。それに混ぜるようにして、正木の脚が足払いをしかけてきた。信十郎は後ろ飛びでかわす。

 地面に着地した瞬間、手裏剣が空気を裂いて走ってくる。信十郎は剣をふって叩き落す。

 十文字槍が、視界のはるか上空から、振りおろされる。信十郎は、ころがるようにして、かわす。槍が地を叩くと思われた瞬間、横向きに軌道をかえて、信十郎目がけて横に払われる。さらに転がってよける。手裏剣が襲う。さらに転がる。転がりつつ立ちあがると、正木が飛びこんでくる。信十郎は小太刀を刀で受けとめる。刃と刃が撃ちあってこすれ、背筋を寒くするような嫌な音がした。信十郎は力まかせに、刀を横に振った。押し払われるように、飛んだ正木は、身体を横に回転させて、勢いを殺しつつ、着地する。着地した直後に、身をかがめる。かがんだ残像の向こうから、手裏剣が飛んでくる。信十郎は身をひねったが、頬を刃がかすめた。

 信十郎は、また槍が襲いかかるまえに、後ろに数歩ひいて、間合いをとった。

 埒があかない。このままでは、体力を削られていくばかりで、事態がいっこうに改善しそうになかった。

 攻撃範囲の広い槍、反対に範囲は狭いが手数で攻めてくる小太刀、それらの合い間に投擲される手裏剣。

 どの攻撃も間合いを取りづらく、それらが、つぎつぎに攻めてくるのだから、どうにも戦いづらい。

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