マスクさんとぼく

ブーカン

おうち時間

「マスクさん。たまには運動した方がいいよ?」


 マスクさんはソファに寝転び、チョコレートを次々と口に放り込みながらスマートフォンを眺めている。ここのところはこんな調子で動画ばかりみているものだから……。


「なに? 太ってきたって言いたいの?」

「いえ、そんなことは……」

 

 あります。


「あのね」


 マスクさんは、あごにかけていたマスクを口元にもどす。これでマスクさんのアイデンティティは復活する。


「私も好きでダラけてるわけじゃないよ? 平日のお仕事で疲れた私に、天からの声が聞こえるの。『頑張ったんだからいいんだよ』、『お菓子がおいしすぎるのが罪なんだよ』って」

「なんともお優しい天の声だね」


 マスクさんはごろん、と向こう側に体を向けると、ふたたび動画を見始めた。

 あれはちょっと、怒ってるな。


 せっかくのお休みだから、人混みを避けて散歩に出かけたり、なにかウチで一緒にできたらと思って言ったんだけどなあ――。


 あ、そうだ。


 ぼくはパソコンの電源を入れると、通販サイトを開いた。


***


 次のお休み。


「なに、コレ?」


 マスクさんは判断つかねる、といった視線を、玄関先の段ボール箱にそそぐ。いましがた届けられたばかりの配達物だ。


「なんだと思う?」

「お菓子の詰め合わせ?」

「それしかないの? マスクさんの興味は」


 ぼくは苦笑しながら段ボール箱のふうを開けた。


「プラモデル?」


 ぼくが段ボール箱から取り出したのは、ロボットアニメのプラモデルだ。


「へえ……。なつかしいね。よく作ってたよね」

「そうだね。最近は遠ざかってたけど」

「それで今日は暇をつぶすの?」

「うん。マスクさんと一緒に作ろうと思って」

「……ほう」


 「ほう」って、どんな心境から出てるの?


 段ボール箱を抱えて、ぼくたちはリビングに移動した。

 ココアをれ、ふたりで並んでテーブル横に座る。


「はい。マスクさん用のニッパーだよ」

「これ……。あ、パーツを切り離すやつか」

「そう。組み立て説明書見ながら作ろう。マスクさん、ロボットの足を作ってね」

「ほいほい」


 パチン


 パチン


 いつもの休日だったら動画の音声が流れているリビングに、ふたつのニッパーの音だけが響く。


 パチン


「あ」

「あ」

「……吹っ飛んでった」


 マスクさんが切り離した小さいパーツ。それがぼくの視界を横切っていった。


「……あった、あった」

「めんご」

「マスクさん、空いてる手で抑えながら切るといいよ」

「なるほどね」


パチン


パチン


「プラモデル作るのって、結構アレだね」

「アレ、とは?」

「集中しちゃうね」

「そうだね~……」


***


「おお……」


 テーブルの上に、プラモデルのロボットが立った。


「いいねえ……」

「いいよね……」


 マスクさんはスマートフォンを取り出すと、そのロボットの姿をカメラに収めはじめた。


「下から撮ると臨場感あっていいカンジになるよ」

「おお……。ホントだ……」

「……どうかな、今日は楽しかった?」

「うん。そこそこ」

「天からの声は何も言ってなかった?」

「天……? なに言ってんの?」


 あらら。自分で言ってたのに、忘れてるよ。

 まあ、ひとまず今日は、マスクさんはムダに間食かんしょくすることもなく過ごせたし、ぼくもマスクさんの横顔を存分ぞんぶんに眺められたし、いいことだらけだったよね。


***


 次のお休み。


「なに、コレ?」

 

 ぼくは、玄関先に積み上げられた段ボールの山を指さし、マスクさんにたずねた。


「なにって……。プラモデル」


 目をきらきらさせたマスクさんが得意気とくいげに答えた。


「……買い過ぎじゃない?」

「これでしばらくはもつでしょ」


 あの目元、マスクの下でマスクさんは微笑んでるな、きっと。

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