ソロ〇〇

 マスクさんとぼく、スーパーで買い出し中。


醤油しょうゆ、切れそうだったよね」

「うん。あ、ラップ、軽くなってきてたよ。確か」

「ストックは……なかったかな」

「判んない」

「じゃあ、買っておこう」

「お菓子のストックもないよ」

「一種類だけね……」


 ふたりの休日が重なる日に、できるだけまとめ買いをするのがぼくたちのルール。家事を交代で分担してるから、ストック切れや買い忘れを指摘しあえて便利なんだよね。


「レジ、通そうか」

「うん」

「……あ」


 ぼくは財布を取り出しながら、気づいてしまった。


「お金、足りないかも……」

「え?」

「たぶん……。うう、心許こころもとない」


 財布の中身は八千円しか入っていない。買い物かごの中身を見てみるけど――この量だと、怪しいな……。

 ぼくは、マスクさんに目を向ける。


「……私の財布は持ってきてないよ?」

「だよね……」


 日用品、食品の買い出しはぼくのお財布から出るのもルール……。


「いくら入ってたの?」

「……八千円」


 「足りるじゃん」とマスクさんは即答。


「え? 本当?」

「うん。だって、全部で六千八百二十四円だよ」


 「え」ぼくの口はあんぐりとしてしまった。比喩ひゆとかでなく。


「ど、どういうこと?」

「だから、六千八百二十四円だから、八千円で足りるじゃない」

「そ、そういうことじゃなくて……。それ、合ってるの?」

「合ってるよ。計算してたもの」


 訊くと、マスクさんは子どもの頃、そろばんを習っていたらしい。珠算検定、暗算検定ともに二級まで取得したとか。「二級」がどの程度スゴいのかは、ぼくには判らないのだけど。


「六千八百二十四円になります」

「あ、合ってる……」

「ね」


 ぼくたちのやり取りに、店員さんも頭の上に疑問符がついているようだった。


 それにしても、マスクさんに「暗算」の特技があったとは……。付き合って二年経っても、まだまだ知らないこともあるんだな。


***


『ごめん。やっぱり午後も仕事になりそう』

『買い出しは? あとキャベツと冷凍ものしかないよ』

『できれば行ってもらえると助かります。レシート取っておいてください』

『りょ』


 マスクさんにメッセージを送って、ぼくはひと息吐く。

 クライアントの機器トラブル対応のため、今週は突然の休日出勤となってしまった。明後日以降であれば代休はとれるだろうけど、それまでの食卓が貧相になりそうだし……。

 申し訳ないけど、ここはマスクさんに甘えてしまおう。先日は買い物における彼女の特技も知れたことだし。


 ぼくは休憩スペースを出て、オフィスへと戻った。


***


 家に帰ると、玄関の景色が違っていた。

 シューズボックスの上に見慣れないランチョンマットとグラス。グラスの中には……? 足元のマットも、いままでに見たことのない、モスグリーン……。


「おかえり~。お疲れ~。夕飯は?」


 リビングでマスクさんはテレビを見ていた。ぼくに向けてくれた彼女の顔――マスクから上の目元――が、心なしか華やいでいるような……。


「遅くなったから食べてきたけど……。あれ、なに?」

「あれって……なに?」

「玄関の……アレ」

「ああ……」


 マスクさんは「気分転換」と嬉しげに言って、財布から紙切れを出してきた。今日の買い出しのレシートらしい。ぼくはそれを手に取る。

 ラインナップは、食料品、日用品はもちろん、お菓子(大量)、果物、ファッション誌、玄関の新調物、お箸やスプーンなどの小物……など、など。


「い、一万九千って……」

「買い出しの代金」

「け、化粧品も……?」

「うん。そろそろ春だし。どう? このシャドウ。試しにつけてみた」

「……とっても春めいてます」


 暗算はできるけど、マスクさんにひとりで買い物は行かせちゃいけないかな……。付き合って二年、同棲して一年が経って初めて、ぼくは思い知った。


「そもそも、よくこんなに持ち帰れたね……」

「疲れたよ。帰ってきたら汗だくで、マスク取り換えたくらいだよ」


 さすがです。

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