第8話 失われた闇のちから

「母さんよ。今ごろ、ジンたちは無事にやっているだろうか」

「お父さん、心配は無用です。息子たちなら大丈夫ですよ。なんたって最強の勇者のパーティーなのですから」

「だといいんだが……」


 ここは新たな勇者の旅立った辺境の田舎のアリエヘン村。

 村の自家栽培の畑で妻とせっせとクワで土をならしながら野良仕事にいそしみ、わたしは一人の父親として、巣立った我が息子のことの心配をする。


『昨日と同じことを言っていますね』とクスリと微笑みながら語る妻と対面しながら、自分の心配性が気がかりでならない。


 親は何年経っても、子離れができないもの。

 誰しも、愛情を注ぎ、端正たんせい込めて育てた我が子は目に入れても痛くないほど可愛いものだ。


 しかし、今日もいいお日柄なのに他の村人の姿を全然見かけない。


 家の中に引きこもり、好きなアイドルが水晶のテレビで出演していて、その水晶にかじりついているのか。


 それとも昨日、それが深夜帯に放送されたのを熱気にリアタイして現在は爆睡中なのか。


 まったく揃いも揃い、みんな子供にように大人げない。

 そんな魂胆では、何かの拍子で都会から帰ってきた子供たちを迎え入れられるのか。


 もう日は高く昇り、昼過ぎだぞ。


『キイッー、キイッ、キイッ!! 子供の心配をしている場合かのう』


 甲高い高笑いと同時に畑を耕すクワと土の隙間から物音も立てずに浮き出てきた人のような影が口をパカリと大きく開いた。


 影はゆるりと地面から立ち上がり、人の影が色付いて、リアルの老婆の姿になる。


 真っ赤に塗られた唇はのように裂け、飛び出そうな瞳に、狂ったような嵐の髪の白い天然パーマでヤマ○バのような顔立ち。


 相手の趣向が疑われる全身紫のローブ、ろくに手入れもしていない伸びきった爪先、ふんだんにおしろいを塗ったかのような厚化粧の顔。


 お世辞にも色気やはじらいを捨て去り、魅力の欠片もない見かけから、我が妻みたいないい女と同じようにはとても思えない。


 その奇妙な取り合わせに身を包んだ魔法使いのような姿からにして、怪しい雰囲気も全開なのだが……。


『まさか、こんな辺境の場所に全滅したと思っておったはずの勇者の生き残りが過ごしているなんてのう。

のう、ジユウ・ソウよ』


 勇者の父親でもあるわたしが持ち場を素早い身のこなしで離れ、畑に置いてある収穫用のナイフを持ち、相手を牽制けんせいする。


「だっ、誰だ、お主は!」

『キキキ。あっしは魔王の新入りの手下の一人であるゲーム・オバじゃよ。その名の通り、若いギャルじゃなくてすまんのう。

──さて、そなたもあっしの魔力でここの村人のように部屋の片隅で土人形になればええ』


「それで今日は朝から村が静かなわけだな。まあ、母さんは下がっていてくれ」

「お、お父さん?」


 わたしに気配も悟らせず、いきなり現れた相手にナイフの鋭い先を見せつけ、獲物を狩る牙のようにゲーム・オバにちらつかす。


 相手は魔法使い、それに比べてこちらは引退した勇者。


 正直、呪文はあまり得意じゃない。

 呪文のぶつかり合いとなると、どうしてもこちらはされるだろう。


 だが、わたしにはとして若き頃に磨いたたぐいまれた剣術がある。

 物理攻撃が苦手な魔法使いには最高の攻撃になりえるだろう。


『キイッー、キイッ、キイッ!!

泣かせてくれる行動じゃのう。これから死ぬ人間が自分よりも最愛の妻の身の安全の確保じゃからのう』


『どのみち妻の寿命はちょこっと延びたじゃけ。お前はここで死んで、逃がした妻も終わりなのにのう』


 ゲーム・オバが腹をよじらせて笑っているのを横目にわたしは妻の前に立ちはだかる。


「大丈夫だ、母さん。わたしの腕を信じろ」


 ゲーム・オバがしわがれた右手をさらけ出し、何かの詠唱を始める。


『下らないごたくもこれまでじゃ、大人しゅうくたばれ!』

「お父さん!!」


『オムレツ愛憎、あぢぢのぢー!!』


 わたしたちに向かってくる巨大な紅蓮の炎。

 同じあち系の上級呪文でもその威力は桁違いだ。


 だが、ここで今引き下がれば誰が妻を守るのか。

 実力に大差があっても、立場的にも強い男なら弱い女を守るしかないのだ。


 ここはあの必殺技で切り抜けるしかない。

 持っていたナイフに全神経を集中させる。


『──ピカーン、ドコーン!』


 そこへ、天から降ってきた一寸の槍の光により、周囲の炎の呪文がかき消される。


「ふう、何とか間に合ったみたいだな」


 炎の衝突物を防ぐ楯のようになったあの息子達は、何ごともなく、わたしたちを護る側についていた。


****


「親父、お袋、怪我はないか」

「ああ。おかげさまでわたし達は無事だ。しかし、ジン、どうやってここまで来たんだ!?」

「ああ、どうにかしてミヨと帰る方法を考えていたら、神殿に『ワープリンの草』が偶然にも生えていたからさ、それをかじってワープして飛んで帰って来たらね。まあ、味は食えたものじゃなかったけどさ」

「ええ、自分の知識が少しでも役に立てて良かったです」


 雑食な人間からにして、あまりの不味さに草食動物の草を食べてエネルギーにする理論が頭から離れない。

『プリン』という美味しそうな語尾の名前ゆえにだ……。


「よし、偶然とは言え、でかしたぞ。我が息子よ」

 

 親父がカラリと上機嫌になり、バシバシと僕の背中を満足げに叩く。


 嬉しい気持ちは分からないでもないが、正直痛い。

 少しは力加減というものを知って欲しい。


『そなたら、魔王直属の配下のあっしを無視して和やかな団らんモードとは……正直、わい』

「残念だったな。僕は煎餅はが好きなんでな」

『食べ物の話ではないわい!!』


「そう怒るなよ。ゲーム・

『違う、ゲーム・じゃ!』


「はあ、どっちも似たようなものだろ」

『似てる似てないの話ではないわい!』


 激情の怒りを移したゲーム・オバが、再度呪文の詠唱を練り上げる。


『もういい、頭にきたわ。親子揃って丸焦げになれ!! あぢぢのぢー!!』

「そうはさせないぜ。オムレツ愛情、あちちのちー!!」


 僕の横のいたケイタも前線に立ち、すかさず同じ炎の呪文を唱えて対抗する。

 ぶつかり合う炎の連鎖に僕は、無言で呆然としたミヨと親父たちを離れた場所に連れていく。


 家の窓からの隙間から見える、すでに土人形となった村人は何も語らないが……。


『くっ、やるじゃないか。乳離れしたてのボウヤにしては中々の腕前じゃのう』

「残念ながらオラはボウヤじゃないぜ。もう髭が生える大人で、この村一番の大魔法使いのケイタ様だ」

『そうか。じゃが、ケイタ様とやら。その攻防中にこれに耐えきれるかのう?』


 ゲーム・オバが両手を大きく広げて、僕らがいる空間を吸い込んでいく。


「なっ、ババ、オラができない呪文の同時詠唱ができるのかい!?」

『キキキ。だからじゃ。

──黒々と迫る恐怖、気分はダークサイド!』


 空も大地も仲間たちもゲーム・オバの手から生まれた球体の暗い世界に吸い込まそうになる。


「これはまさか伝説のこくの呪文か!?」

「えっ、親父どういうことだよ?」

「ああ、闇の呪文は古代に使用されていた呪文だったが、そのとてつもない威力ゆえに使用者自らも身を滅ぼし、現在では、その使用者はからっきしいなくなったと聞いていたんだが……あの女は何者だ!?」


 僕は『だから魔王の手下って言ったじゃん』という喉先までに出かかっていた言葉をかろうじて飲み込む。


 まあ、ここは冗談にしろ、男のロマンとやらを1度味あわせた方が後々いいだろう。

 ここは素直に親父の肩を持っておくか。


『キキキ……あっしにこの最強の呪文を使わせるとは。もうそなたら終わったな』


『何もかも滅びよ』


『バチーン!!』


 ゲーム・オバが両手を叩いたと同時にすべての光の空間が、その球体に飲み込まれ、その玉がゴム風船のように爆発し、暗闇のインクに染まった空間で僕の意識がプツリと飛んだ……。


 

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