彩られた秘密

 ライラにとって一番辛いことは故郷の家族に迎えられないことではなかった。

 もちろんそうなればあまり見せない涙を流して許しを請うだろうけど、それは二番目か三番目で。

 一番目にある最愛の人は誰でもない、目の前にいるアレンその人だった。


 幼い頃に約束し、精霊王に運命を捧げた二人の少年と少女はようやく再会できたというのに、グランドのようなやっかみをもった若者が押し寄せて来て現実をさらにややこしく引っ掻き回してくれた。

 その上、彼ら犯行勢力はまだ結界の外にいるのだ。

 リー騎士長が教会の外に出て確認してくれてはいるけれど、とライラはここに来てようやく不安を覚えてしまう。


 村長が語っていた村の人間が畑仕事などに出ている。

 あの距離はどの程度むこうなのだろう、と。精霊王様の結界の内側なのか、それともその外側にまで畑や猟をする狩り場は広がっていたとしたらまだ、犠牲者は増えるかもしれない。

 アレンに恋心を抱いているなんて告白している場合じゃないわ。

 それは後でも出来る。今は村人たちの安全を確実なものにしないといけない。

 そう思い、ライラは長老にどう返事をしたものだろうとつぐんでいた口を開いた。


「ウロブ長老。みなは? 結界の外には出ていないのですか? 村の畑などはどこまで広がったのです!?」

「え……あ、いや。それは前のままだよ、ライラ。わしらは定められた土地から外へは出れることを許されていない。だから、村人も基本的には結界の中にいる」

「そう、ですか。それで消えるなんて言葉が出て来たのね。結界を自在に出入りできる存在に連れ去れたらそうなる――でも待って、長老。なぜ、消えたと表現したの? 連れ去った誰かも共に見えていそうなものではありませんか。何より私たちは蒼き狼の子孫。人より優れた鼻もあれば牙も爪だってある。すくないけれど、身体の中には精霊だって宿っているわ。それなのに抵抗もできずに連れ去られたなんて……」


 何か話がおかしい。

 王国騎士や近衛騎士、神殿騎士にしてもそうだけど、精霊王の目をかすめて好きなようにできる魔法を使える存在は皆無だ。

 ライラがその最上位の聖女なのだから。

 それに村人の一割を超える人数が三年とはいえ消えるなんてどうにも納得がいかない。

 彼らだって農奴の身分だとしても警戒はするだろうし、武器といえる武器もないだろうけど、クワやナイフで武装しそうなものだ。ライラは心の中でリー騎士長に疑問を伝えていた。


(この教会の外には、一体どれくらいの村人が残っていますか)


 その質問に対する返事は簡素なものだった。


(自分に問うよりも精霊に確認させたほうが確実ですよ、聖女ライラ)


 あっ、とその明確な指摘にライラは上空に精霊を待機させていたことを思いだす。

 自分の眷属なのにそんなことも忘れてしまうなんて。


(ライラ、貴女は心を砕きすぎですよ。確認はしておきます)

(お願いします)


 そんな二人の会話をアレンや村人たちは何も知らないまま、突然黙ってしまったライラに注目したままだった。

 村の各所を精霊たちがあちこちに飛び回り、見たままをライラに報告してくる。彼らは子供程度の知能が会って会話もできれば、数だってかぞえられるし文字を読むことも難しくない。

 ただちょっとだけおしゃべりで、注意力が幼児並みにばらつきあがることが問題。

 また彼らを教育しなければいけないと思いながら、ライラは黙ってその報告に耳を澄ませた。


 ――村人は結界の外にはいない。

 ――教会の人たちよりも少ないよ。

 ――子供たちが広場に集められていて、大人たちが馬車を用意してる。

 ――神殿騎士たちが結界の外で騒いでいるよ。

 ――でも、この結界はなんかへん……。

 ――畑で働いているのは、青より黒い毛が多い。

 ――リー騎士長は怖そうな顔をしているよ、ライラ。


 蒼より黒が多い、の間違いね……あの子たちは色が良く分からないから。

 純粋な蒼狼に見える蒼とまだら模様や、血統が混血の者で差別でもあるのかしら。

 そんなことを言い出したら、聖女なんて神聖な神の代理人の私は黒髪で蒼い尾で耳の内毛は白くてどこまでも差別と偏見の対象にしかならないと思うのだけれど。


「土地柄、なんて言い訳ね」

「何か、土地柄……?」

「いいえ、何でもありませんわ、長老」


 ライラはそう軽やかに答えると、精霊たちに質問してみた。集められている子供たちの色は、何色なの? と。

 返事は簡潔。黒とか白とか、蒼とか。たくさん混じっているよ、ライラ。

 それだけだった。なるほど、と思い聖女は場のやるせなさが漂う雰囲気の中、どうしていいか立ち尽くして師と自分と長老をじっと見ているディアスに声をかけた。


「ねえ、ディアス。貴女のような綺麗な蒼をまだ私はあまり見たことが無いの。幼い頃にここを出たことにも関係しているけど、こんなまだら模様の私でも聖女になれたわ」

「は? ライラ様、何をおっしゃっている……」

「知りたいのよ、ディアス。アレンも私も黒い毛を持つ狼の子孫だわ。でも、こうしてここに立っている。聖女様なんて呼ばれてね。それで、知りたいの。どうして蒼の貴女が、結界の外に売られたのかを。貴重な蒼を売るなんて――ウロブ長老、何を考えて許可を出されたの? ああ、そうでした。彼女はさらわれたのだったわね。違う? 売られたのだったかしら」

「おい、ライラ。俺の弟子を侮辱するのはよせ!」


 ディアスが悲し気な顔をするのを見てアレンがそう叫んだ。

 だが、ライラは追求をすることを止めない。それはこの村にある秘密を見つけたからだった。



 




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