48話 メンタル豆腐竜
空で弾ける火花を見て、クリスは訝しげな表情を浮かべたが、それも一瞬だけ。
彼はすぐにフレデリカへ視線を向けた。
その視線に、フレデリカは彼の静かな殺意を感じる。
冷静でありながらも、殺すと決めた相手を射殺すような…
彼の暗殺者としての集大成、これまでの経験から溢れ出る洗練された殺意。
それをビリビリと肌で感じながらも、フレデリカもそれに笑う。クリスはそれに少し感心しつつ、口を開いた。
「なんだかよくわかりませんが…それで終わりでしょうか?なら、次で…」
そこまで告げた瞬間、クリスは屋敷の西側からとてつもなく強大な力を感じ、驚きを隠せずにそちらに顔を向ける。
(なんだこの存在感は…こんな力は神獣以外には…だが、彼らがこんなところにいるはずはない。)
冷静に状況を見極めようとするクリス。だが、その隙を突いて接近してきたフレデリカの気配に気付いた。
「余所見ですか?舐められたものですわ!」
突然殴りかかってきたフレデリカの拳を、クリスは瞬時にかわして、双剣を振り抜こうとしたが…
突如として屋敷西側から大きな爆発音が轟いた。それに気を取られ、双剣はフレデリカに軽々とかわされてしまう。
そのまま距離を取ったフレデリカに対し、クリスは冷静を装いながら問いかけた。
「あれは何ですか?」
「あれ…?はて…何のことでしょう。」
はぐらかすように答えるフレデリカに、クリスの眉間にほんの小さなシワが寄る。フレデリカはそれを見逃さない。
「なかなか策士なお嬢さんだ…あれは貴女たちの仲間でしょう?」
フレデリカはクリスの言葉にクツクツと笑った。
「だったらどうなのでしょう…あぁ、そうですわ。貴方はあちらに向かわれたいのですね?つれないですわ…こんな美人を差し置いて…」
「ハハハ…お戯れを言いなさる…」
クリスはそこで言葉を止めた。
が、フレデリカはそれで確信した。
ーーー彼は…クリスは焦っている…
いくら冷静を装っていても、フレデリカにはそれが感じ取れたのだ。
西側に早く向かいたい…自分の屋敷で自由勝手にされるのが気に食わない…予想外の存在の出現に早く対処したい…
紳士的な顔の裏では、暗殺者としての几帳面で打算的な考えが渦巻いているのだろう。
と言っても、これはフレデリカたちの作戦通りで、クリスは見事にその術中にはまってしまったのである。その証拠に、クリスの気が逸れてさっきの攻撃は見切ることができた。
ーーー彼の中に迷いが生じている。
フレデリカはそう考えて、口を開く。
「仕方ないですわ…あちらに行ってくださっても結構です。」
「それは…ありがたい提案ですな。」
真意を図るようにクリスがつぶやいた。それに笑みを浮かべたフレデリカはこう告げる。
「その代わりに、わたくしたちは悠々と先を急がせてもらいますが…」
その言葉と同時に、アレックスもフレデリカのそばに寄ってきて再び盾を構えた。それを見たクリスは、小さくため息をつく。
そして、双剣を握る拳に力を込め、目を光らせてこう告げた。
「調子に乗るなよ…小娘ども…」
先ほどの紳士的な態度とは裏腹に、クリスの口調が変わる。
しかし、フレデリカも怯むことなくそれに返す。
「いけませんわ。ランドール家の当主さまがそんな汚い言葉遣い…」
手に持った銃をクルクルと回し、そう笑うフレデリカに対して、クリスは舌打ちすると声を上げた。
「さっさと終わらせます。それも一瞬でな!!」
・
「さっきの音って、もしかして…」
コソコソと隠れるように廊下を歩くイノチは、ウォタへそう声をかけた。対するウォタは、イノチとは対照的に堂々と歩いている。
「たぶん、フレデリカの魔法だな…」
「ということは…」
「あぁ、ミコトとゼンへの合図だろう。」
それを聞いてイノチはほっと撫で下ろした。
もともと、フレデリカやミコトたちは囮役である。敵の目が自分たちに向かないようにするための…要はこれは彼女たちに危険が伴う作戦なのだ。
イノチも腹を割ってはいるが、心配という感情はイノチの気持ちなどお構いなしに心の中をかき乱す。
コソコソと壁伝いに歩きながら、イノチは小さくため息をついた。
そんなイノチを見て、ウォタが言う。
「コソコソとだらしがない!もっと堂々とできんのか?」
「仕方ないだろ!怖いものは怖いんだよ!」
「我がついとるんだ!怖いものなんてあるものか!」
腕を組んで偉そうにそう告げるウォタに、イノチは鼻を鳴らした。
「でも…ここに神の一味が現れたら…お前勝てないじゃん。」
「なっ!!」
図星だというように焦りを浮かべるウォタに、イノチは肩をすくめる。
「今ここに、もしアヌビスが来たらどうする?俺に頼るしかなくない?どうよ?」
「お主…それは言わない約束だぞ…ぐぬぬ…」
「そんな約束してなくなぁ〜い?」
調子に乗るイノチと、それに対して悔しげに唇を噛むウォタ。だが、そんな楽しげな二人の様子をそばで見ていた男がこう告げた。
「やっぱり君か…」
聞き覚えのある声にイノチが振り向けば、そこには壁に寄りかかり、腕を組んでいるアルスの姿がある。
「げっ!!!」
突然のことに、あんぐりと口を開けて驚くイノチに向かって、アルスは笑いながら告げた。
「まるで、化け物か何かを見たような顔をするのはやめなよ。」
「アアアア…アルス!!いつのまに!?」
「はぁ…けっこう前からここに居て、君たちがこっちに向かってくるのを見てたんだけど…気づかなかったのかい?そっちの彼は気づいてたみたいだけど。」
その言葉を聞いて、イノチは思い出した。
ーーーそうだ!こっちにはウォタがいるんだ!最強の竜種である水竜のウォタが!!
そう思えば、アルスなんて怖くなくなった。焦っていた気持ちが一気に軽くなり、自信を取り戻したイノチはアルスを指差して大きく声を上げた。
「ウォタ!!やっておしまい!」
ビシッと指を差すイノチだったが、ウォタからは何の反応もない。こういう時こそ「フハハハ!我にまかせろ!!」とか言って、偉そうに前に立つはずなのに…
疑問に思ったイノチは、ゆっくりと振り返って驚いた。
そこには膝を抱えて座り込み、廊下の床を人差し指でグリグリとしながらいじけている、最強の竜種の姿があったからだ。
「ウォ…ウォタ!!何してんだよ!」
「だって…我…弱いもんね…」
焦って声を上げるイノチに、ウォタは小さくそうこぼした。それを見たイノチは、先ほどのやりとりを思い出して後悔する。
(げげ…!ウォタの奴、さっきのでいじけやがったのか!?負けたこと、そんなに気にしてたのかよ!うそだろ?!こんな大事なタイミングで!!)
だが、アルスはそんなこと気にすることもなく、ダガーを腰から抜いて笑みを浮かべた。
「ふふ…何だかよくわからないけど…そっちの彼が動かないなら、好都合だね!!」
「あ…あのさ…ちょ…ちょっと待ってくれたり…」
ワタワタと手を振りながら、イノチはアルスへそう告げるが、アルスがそれにうなずくはずもなく…
「しないよ!!」
「ひゃあ!!」
頭を押さえてしゃがみ込むイノチに、アルスが襲いかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます