34話 本心をききたいのですわ
「くあぁぁぁぁ〜」
イノチは煙立つ広い湯船の中で一人、大きく背伸びをした。
本日2回目のお風呂。
帰ってきてすぐに入ったはずだったが、食事後、無性に入りたくなって再びここにいる。
その理由はわからない…
が、部屋に一人でいるよりも、何かで気を紛らわせたかったのだと自分に言い聞かせている。
(もしかすると深層心理では、エレナのことを…)
そんなことを考えつつ、イノチは両手でお湯をすくい上げて顔を洗った。
そして、再び体を伸ばして天井を見上げれば、ふとアレックスの言葉が蘇ってくる。
(確かに『温泉温泉!』ってうるさかったエレナがいないと、なんだか物足りないよなぁ。今頃はノルデンに着いた頃かなぁ。)
物思いに耽るイノチ。
(考えてみれば、この世界に来てから常にエレナといたんだよなぁ。初めてガチャで召喚した時はひどかったっけ…)
イノチは、謎のVR機をつけてこの世界に降り立った時のことを、静かに目を閉じて思い出す。
ここがVRMMOの世界だと…ゲームの世界だと考えていた当時だから、ガチャをリアルに引けるということに歓喜した。
満を辞して挑んだチュートリアルガチャでエレナと出会い、最初に頭を蹴られたこと、装備のこと、温泉のことなど、喧嘩したことばかりが浮かんできて自然と笑みがこぼれる。
(それでも、エレナにはたくさん助けてもらったからな。)
初めてのダンジョン、神獣リュカオーンとの戦い、ゲンサイとの対決…
壮絶と言えるかはわからないが、弱い自分のことを真っ先に考えてくれたのはエレナだった。
(そうだ…トヌスを助けに行った時は楽しかったな…)
アレックスと共に熊と鹿の剥製を被って、楽しそうに笑うエレナの笑顔が浮かぶ。
どれもこれも現実で、忘れられない思い出。
エレナとの大切な思い出なのだ。
だが、納得はしたはずなのに心の奥底でエレナに対する罪悪感が拭えずにいる。
ガチャ魔法の本質は召喚…
いくら強制ではないとはいえ、自分が召喚される側になったことを考えれば、こんな理不尽なことはない。
イノチはその気持ちを隠すように、頭のてっぺんまでお湯に浸かる。
(当分はガチャ魔法は使わないでおこう…)
お湯の中で腕を組んでそんなことを考えているイノチの視界に、突然横に白く長い脚が現れた。
驚いてお湯から飛び出すと、横にはタオルを体に巻いたフレデリカの姿がある。
「お…フ…フレデリカ!!なんでこっちに!!女湯は隣だろ!」
あたふたと顔を赤くするイノチに対して、フレデリカは気にすることなく肩までお湯に浸かっていく。
「ふぅ…やはり拠点のお風呂が一番安心しますわ。」
まるで、イノチなど存在していないかのように振る舞うフレデリカ。
まとめ上げた桃色の髪と透き通った肌。
首筋に滴り落ちる雫が色っぽさを演出している。
珍しくお風呂で静かにしているフレデリカの様子に、イノチは怪しんで少し距離をとるが…
「BOSS…」
チャプッとお湯を鳴らして、フレデリカが口を開いた。
「どどど…どうした…?」
「BOSSはどう考えているのですわ?」
「か…考えるって…な…何をだ?」
イノチの問いかけに振り向くことなく、フレデリカは手のひらをお湯と遊ばせながら話を続ける。
「エレナのことですわ。助けに行くのですよね?」
「あ…当たり前だろ!」
イノチは力強くそう告げた。
だが…
「ですが、ウォタさまはどうされるのです?ジプトに助けに行かねばなりません…ですわ。」
「う…!そ…それはそうだけど…」
「BOSSはどうされるのです?」
フレデリカは相変わらずこちらを向くことはない。
その様子からは、少し厳しさも感じられる。
イノチはそれを見ていて、ふとあることに気づいた。
フレデリカは自分のことを試しているのではないか…エレナとウォタのどちらを優先するのか、と。
イノチは目を静かにつむる。
瞼の裏にウォタの笑う顔が浮かぶ。
そして、エレナの笑う顔も…
どちらを選ぶのか…
どちらも大切な仲間だ…選ぶなんてことはできない。
だが、フレデリカは選べと言っている。
イノチはその真意を考えていた。
(俺はどちらを先に助けるのか…フレデリカはそれを決めろと言っているんだ。俺がみんなのリーダーだから…いや、違うな。フレデリカは何を言いたいんだろう…もし、俺がウォタを先に助けると言ったら…?たぶん、それも一つの答えであって、フレデリカはそれを受け入れる。アレックスもそうだろうな…)
イノチは天井を仰ぐと小さく息をつく。
ししおどしの音が煙立つ浴室に響き渡る。
(でも…そうじゃない…そういうことだろ、フレデリカ。俺にだってわかってるさ。)
イノチはフレデリカに向き直ると、真っ直ぐな瞳を向けた。
それに気づいたフレデリカが、視線だけをイノチヘと向ける。
「先に助けるのはエレナだ。」
それを聞いたフレデリカの瞳が小さく煌めいた気がした。
そう感じたイノチは、笑顔を浮かべてさらにこう告げる。
「ウォタには悪いが…少しだけ待ってもらわないとな。勝手にフライングしたらエレナが怒るだろうからな。全員揃ってからウォタを生き返らせなきゃな!」
その言葉にフレデリカは小さく笑みをこぼした。
「BOSS…ありがとうございますですわ。」
「お前にお礼を言われると変な感じだな…」
「…フフ、わたくしだって感謝くらいしますわ。」
笑い合う二人。
すると突然浴室の扉が開かれて、メイが飛び込んできた。
「フフフ…フレデリカさん!!男湯に入らないでください!!」
「あら、メイ…今日は気づくのが早いですわね。」
「そそそ…そういう問題ではないです!フレデリカさんはいつも裸でイノチさまと…不純ですよ!」
「お風呂は裸で入るものでしょうに。」
腕を組んで鼻で笑うフレデリカに対して、メイは顔を真っ赤にして怒っている。
しかし、その様子にクスリと笑うイノチに気づき、二人とも顔を向けた。
「ククク…なんだか久しぶりだよな、この感じ…」
「そうですわね。」
「はい…」
「でも、ここにエレナがいないとやっぱり物足りないな。」
フレデリカもメイもその言葉にうなずいた。
それを見てイノチはここぞとばかりに拳を握って立ち上がる。
「よし!そんじゃ、さっさとエレナを迎えに行って、ここに風呂にいれてやろうじゃん!」
だが…
「BOSS…丸見えですわ。」
「イイ…イノチさま…あわ…あわわわわ…」
「えっ!?」
フレデリカはニヤリと笑い、メイは顔を隠して真っ赤になっている。
大事な部分を隠すのを忘れていたことに気づいたイノチは、女の子のように手で体を隠して再び湯船に飛び込んだ。
そして、浴室内に響き渡った悲鳴は、晴れた夜空にも高く舞い上がったのだった。
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