第93話【特訓の達成感と軽い意地悪】

「エスカさん。時間だけど準備はいいかい?」


 半刻が経過した頃、僕はテスト用の人形を準備してエスカに声をかけた。

 今回の人形は前にエスカが言っていたようにおっさんじゃなく、子供の姿にしてみた。

 毒に侵されて苦しそうにしている子供患者人形を見るのは心苦しいけど、現実に子供が毒に侵される可能性は十分にあるからその予行練習だ。


「はい。一応記憶はしましたので練習は出来ると思います。

 やはり今回も魔力の上乗せをしてから魔方陣を描くのですか?」


「当然そうなるな。

 エスカさんの力だとまだまだ総魔力量が不足しているので上乗せ方式を確実に修得するまで試してもらいますよ。

 あと、今回の患者人形はこの子になるからね」


 僕はそう言うと作っておいた人形をエスカの前に横たわらせた。


「!? オルトさん!この子は一体・・・」


 予想外に子供人形が目の前に置かれたのでエスカは驚いて僕に聞いてきた。


「以前、おっさん人形ばかりじゃ味気ないと言っていたので今回は少年人形にしてみたんだ。

 いろいろ思うところもあるだろうけど現実の現場はいろいろな人が運ばれてくるだろうから予行練習として免疫をつけて貰おうかと企画してみたんだ」


 少年の患者人形を見たエスカは少し青ざめたが『パンパン』と頬を叩いてひとつ大きく息をはいて気合いを入れ直した。


(いい顔してるな。

 やはりやる気のある人は見ていて気持ちがいいものだな)


「いきます」


 エスカは毒に侵されて苦しむ少年人形の前に立つとたった今覚えたばかりの魔方陣を展開し始めた。


「体を蝕む動の異物よ、清浄のマナのもと、たゆまぬ浄化を青の光で癒しゆけ!マナリアル!」


 エスカは魔力を重ねて魔方陣に流し込みながら必死に制御をしていた。

 前回、キュアリーの時には魔力を使い果たして気絶してしまった彼女だが、今回は必要魔力が増えているにも関わらずギリギリとはいえ、きちんと制御出来ている。


「よし!いい感じだ。

 そのままその魔力を患者に纏まとわせてみよう。

 ゆっくりでいいから集中力を切らさないようにね」


 エスカはこくんと頷うなずくと患者人形にゆっくりと魔方陣を重ねていった。

 青白い光が人形を包み込み体が一瞬光った後、患者の顔色が正常に戻り『合格』の文字が額に浮かび上がった。


「やりました!私でもマナリアルの魔法がちゃんと使えました!」


「体の調子はどうだい?

 昨日のように気を失うような事はないかい?」


 僕は魔法が成功した事よりエスカの体調のほうが気がかりで真っ先に確認した。


「えっと・・・。ちょっと気けだるい気もしますけど残念ながら倒れることはなさそうです。どうしてですかね?」


 エスカの疑問に僕は「憶測だけど」と断ってから答えた。


「キュアリーよりも難しいとされているマナリアルを使ってもエスカさんが倒れなかったのは、単純に魔力量の総量が増えたからだと思うんだ」


「総量が増えた・・・って、昨日あんなことになったばかりなのに?」


「うん。あれが引き金になったとしか考えられないんだよ。あの時、一度倒れるほど魔力が枯渇して直ぐに強制的に魔力の回復をしたから反動で最大値が上がったと思うんだ。検証できないから絶対ではないけどね」


 僕は回復して元気な表情になった少年人形を抱え起こすとある操作をした。

 すると少年が笑顔でエスカにお礼を言った。


「お姉さんありがとう!おかげで元気になったよ。

 僕はあのまま死んでしまうと思ってたから凄く嬉しいんだ。

 お姉さんは僕の命の恩人だね。本当にありがとう!」


「えっ!?人形がお礼を?」


 いきなりお礼を言い出した少年人形にエスカは驚き、その言葉に涙した。


「それが助けられた人達の感謝の言葉だよ。

 現実には治癒魔法も万能じゃないから場合によっては助けられない場面もあるかもしれないけど、助けられた命は次に繋がっていくんだ。

 治癒士ってその夢があるから頑張れるんだよね」


 エスカは思わず少年人形を抱き締めて何度も頷うなずいた。


「ーーーよし。毒に関してはこれで合格としようか。

まだディスポイズンがあるけど今のエスカさんではハードルが高すぎるからもう少しレベルが上がってからだね」


 僕は念のためにエスカに魔力回復薬を渡すと少年人形を返すように言った

「えー、返すんですかぁ。

 この子凄く気に入ったんですけど、凄く慕したってくれてるし。

 エスカが少年人形を抱き締めたまま返すのを渋っていたので僕はしれっと人形のリセットスイッチを押した。

「うぁぁぁ、苦しい・・・苦しいよぉ。

 助けて、誰か助けてよぉ」


「きゃあ!?なっなに?」


 リセットを押された少年患者人形は当然のごとく毒状態に戻って苦しみだした。


「ほら、あくまでこの子は練習用の患者人形なんだから必要以上の感情を抱いだいては駄目だよ」


 諭さとす僕にエスカは涙目で抗議した。


「それは分かってますけど、このやり方は酷くないですか?

 せっかくの感動がパアじゃないですか!」


「はいはい、悪かったよ。

 じゃあ次の人形はどんなのがいい?希望の人形を作ってあげるよ」


「本当ですか!?じゃあ・・・」


 エスカが希望する患者人形を聞きながら僕は苦笑していた。


(この人形はあくまで患者人形なんだから苦しんでいる状態からスタートって忘れてるよな、きっと・・・)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る