第3話
「君は本当に使い物にならないな……」
「申し訳ありません……」
心を空にしてただ頭を下げる。
ここ1年ほどの生活には何の楽しみもない。
若手が少ないから振られる仕事が増えるというのは理解できるが、もう少し考えて仕事を振って欲しいのが本音だ。いっその事やめて別の仕事に……とも思うが、転職するアテもない。
「クソ――ッ!」
壁に叩きつけられたチューハイの缶が虚しく音を響かせる。
最近は何のために生きているのかが分からなくなってきている。ただ働いて金を稼ぎ、税金や家賃等に大半を溶かした上で、少し残った金を遊びに使おうにもその気力が残っていない。
ふと思い出されるのは、1年前にアルファテストに参加したゲームだ。
所詮はゲーム。そう言ってしまえばそうなのだが、やはりあのゲームはVRの中でも群を抜いてリアルだったのは確かだ。
「あのゲーム……そろそろ発売とか発表されてないかな」
ネットで検索をかけてみるが、相変わらず日本語で書かれたページはヒットせず、相変わらず外国語のスレッドがいくつかヒットするだけだ。
「はあ……」
波のように疲労感が俺にのしかかる。
ベッドへと体を放り投げ、意味もなく天井を見つめる。
今の生活を続けていれば、いつの日にか壊れてしまいそうという予感。普通に恋愛をして、普通に過ごすことが出来ればそういう事もないのだろうが、それだけの人生には全く意味を感じられない。
「いっそ死んでやろうか――」
鬱か何かなのか、ただの怠け癖かは分からない。
ただ、いちいち医者に行くのもバカらしいというものだ。
「ん……?」
ふと視界に入ったモニターに違和感があった。
モニターの画面を見てみるとその違和感の正体はすぐに分かった。
「何で……」
そこに表示されていたのは、例のゲームである"new world"のストアページだった。
ゲームの説明に目を通してみると、その文はゲームの説明というには不自然な文章だった。
今の世の中がイヤになった貴方へ。
ゲームのような新たな世界で新たな人生を始めてみませんか?
今、転生していただけた場合は特典としてスキル【
これはゲームではなく実際にその世界へと転生し、その世界で生活する為のキーとなっております。
まだ出来たばかりの世界。
魔物を狩って生計を立てるもよし。物資を購入、収集してそれを販売するもよし。はたまた、誰かから奪い取って生を繋ぐのもまたよし。
第二の人生をどう送るかは貴方次第だ。
「はっ……ま、本当に転生するってんなら、都合良いな」
基本プレイは無料のようで、すぐにインストールも終わった。
VR機器を装着し、ゲームを起動する。
流石にアルファテストのキャラは使えないと思っていたが、セーブデータにはアルファテストのキャラデータがそのまま残っており、新しくキャラを作る事は出来ないようだ。
ゲームをプレイしようとした時に、今までになかった警告文が表示される。
プレイを開始した場合、今貴方が暮らしている世界にはもう戻る事が出来ません。
それでもプレイを開始しますか?
「もちろんイエスだ」
次の瞬間、俺の意識が落ちるのを感じた。
「――!」
誰かが俺の近くで叫んでいる。
目を開けようとするが、瞼が重くようやく開きかけてきたものの、まだ視界がぼやける。
「エル! 戻ってきたなら早く起きてよね!」
「エルって誰だよ……」
徐々に鮮明になる視界、それと同時に1年前のアルファテストが思い出される。
エルというのは俺が作ったキャラクターの名前だ。エルドレッド、略してエルだ。
そして、目の前で鬱陶しく飛び回る光の玉が大声をあげている。
「アテナ……ずっといたのか?」
「そりゃあね! 私は君の相棒なんだよ?」
「はは、待たせたな」
このリアリティ、懐かしい感じだ。
「前回は文字通りアルファテストだったけど、今回はそうじゃないからね!」
「見た感じは変わってないように思えるけど……」
「前回なかった感覚が全部あるはずだよ、なんせ君の魂が完全にこっちに来たわけだしね」
「感覚……魂?」
体を起こしてみると、体重を支える手がベッドへと沈み込む感覚がよりリアルに感じられる。
窓を開ければ風を感じ、土の匂いが鼻を突く。
「覚えてるか分からないけど……前回もゲームってわけじゃなかったんだからね?」
思い出しても見れば、明らかにVRでプレイするには過剰すぎる動きをしていたはずなのに、セーフティーバーにも、身の回りの物にぶつけたりという事は一切なかった。
「あの時は多少口止めされてたから歯切れの悪い教え方になっちゃったけど、改めて説明するね!」
アテナの説明をまとめるとこうだ。
ここは俺達のいた世界とは違う、もう一つの世界。
前の世界は既に飽和しており、あの世界だけで輪廻転生を繰り返すのはもう難しい話となっている為に新たな世界を創造し、魂の受け先を増やす目的でこの世界ができたらしい。
「こっちで教えた事、覚えてる?」
「あんまり自信はないな、なんせ向こうで1年普通に暮らしてたわけだし」
頬をつねってみるが確かに痛みを感じる。
「あ、そういえば主人公補正とかいうスキルって……俺も貰えるのか?」
「貰えてるよ! 効果はレベルアップした時の能力上昇幅の大幅強化だね。努力すれば絶対に強くなるって言ってもいいかな」
「そいつはいいな」
「ただ、他にもそのスキルを持ってる人はいるだろうから、あんまり慢心して好き勝手すると痛い目をみるからね?」
「気を付けるさ」
俺の新たな人生が今、幕を開けた。
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