第39話 帰ります
ダイヤを殴り飛ばしたヒスイは、すがすがしい笑顔のままこっちに顔を向けた。
「元帥、光の聖女殿、お怪我はありませんか?」
「ああ、おかげさまで助かったよ……、ありがとうヒスイ」
「ありがたきお言葉」
そう言うと、ヒスイは左手を胸に当てて頭を下げた。
鬼軍曹スタイルのときに執事っぽい仕草をされると、ちょっと違和感があるな……。
「ところで、ヒスイは今までどこにいたの?」
不意に、ミカがキョトンとした表情で首を傾げた。すると、ヒスイは顔を上げて、ニコリと微笑んだ。
「調印式が始まったときから、ずっとこの壇上にいましたよ」
「え!? じゃあ、今までのことずっと見てたの!?」
「はい、そのとおりですよ、光の聖女殿。魔法で姿を消し、元帥が貴女の危機に颯爽と現れるさまや、お二人が両思いなのにすれ違って口論するさまや、イザコザを乗り越えて愛を誓い合うさまを、涙を堪えながら見守っていました」
……うん、たしかにヒスイのことだからどこかで見ているとは思ってたよ?
でも、改めて見られてた一部始終を口にされると、恥ずかしいものがあるね……。
「へー、そんなすごい魔法が使えたんだ……」
感心するミカに向かって、ヒスイが得意げな表情を浮かべた。
「ふふふ、潜入調査をしたり、陛下や元帥の警護をしたり、一部暴力的な表現が含まれています的な仕事をするのには、姿や気配を完全に消す必要がありますからね」
……一部暴力的な表現が含まれています的な仕事、というのは深く触れないでおこう。アサシンな信条が必要になるようなものなのは、確定だろうし……。
それにしても、穏やかに話がまとまりそうな雰囲気になってるから、これ以上のイザコザは起きてほしく――
「さて、元帥に光の聖女殿、これからのことなのですが……」
「……待て! 卑怯な真似をしておいて、勝手に話を進めるな!」
――なかったんだけどね。
なんというか、鼻と口の辺りが乙女ゲームのキャラとしては残念なかんじになったダイヤが、剣を杖代わりにして再び壇上に戻ってきた。すかさず、ミカが指を組んで目を輝かせる。
なんか、もう、イザコザする予感しかしないね……。
「わー、さすがダイヤ様! 生命力が黒いダイヤと称されることのある、あの衛生害虫なみですね!」
「ミカ……、さすがにその言い方は可哀想だよ……」
「そうですよ、光の聖女殿。そんな比喩をしたら、あの衛生害虫が、可哀想です」
「ヒスイも、テンプレートな煽りをしないで……」
二人の言葉を受けて、ダイヤが足を踏み鳴らした。
「この……、みんなして、僕をバカにして……」
……すがすがしいほど、テンプレートな悔しがり方を見られたのはいい人生経験になったかな。でも、このままだと、間違いなくイザコザすることになるよね……。
……そうだ。
こういうときは……。
壇上にいる中で、一番の常識人と思われるギベオンに視線を送ってみた。視線に気づいたギベオンは、苦笑を浮かべながら、うなずいてくれた。
洞察力のある父親で、本当に助かったよ……。
「……ときに、ダイヤ殿。闇の勢力と和平を結ぶつもりはない、というのは本心なのだろうか?」
「当たり前だろう! お前たちのような汚らわしい輩共と、誰が手を組んだりするか!」
「そうか……」
ギベオンはどこか淋しげにそう言うと、小さくため息を吐いた。
「実は、貴殿の父君とは、今でこそ争っているが、古くからの友人でな。今日の平和条約の調印式について、伝言を預かっているのだよ」
「……え? 父上からの……、伝言?」
ダイヤがキョトンとした表情で、首を傾げる。
ギベオンとダイヤの父親は旧友だったのか……、帰る直前になっても、意外な事実が見つかるもんだね……。
「そう、『やっほー、ギベぴ! 調印式だけど、もしもうちの子がバカな真似をしたら、わりとマジめにしばいちゃっていいからね! あ、むしろバカなことしたら、そっちで鍛え直してもらうってのも、ありよりのありかも! じゃ、うちの兵たちには話しつけとくから、あとヨロ!』、とな」
「そんな……、父上……」
ギベオンの言葉を聞いて、ダイヤが膝から崩れ落ちた。
とたんに、ミカが指を組んで目を潤ませた。
「ダイヤ様、可哀想! いくら光の勢力だからって、父親が陽の者すぎるなんて!」
「いや、ミカ、たしかにそれも衝撃的だったけど、多分そのことで崩れ落ちたんじゃないと思うよ……」
「元帥のおっしゃるとおりですよ、光の聖女殿。あれは、陰の者中の陰の者として過ごしてきた陛下が、伝言とは言え陽の者的な言葉遣いをしたショックを受けているんですよ」
「ヒスイも、多分そこじゃないと思うよ……、たしかに衝撃的だったけれども。あと、自分の上司を陰の者中の陰の者とか言っちゃ、ダメだと思うんだ……」
ツッコミが追いつかなくなる前に、話がまとまってほしい。そう切に願いながら視線を送ると、ギベオンはまたしても苦笑しながらうなずいた。ギベオンがいてくれて、本当に助かった。
元の世界に戻ったら、お礼にグッズを色々と買うことにしようかな。
「では、ヒスイ。ダイヤ殿から、詳しい事情を聞き出すよう頼んだぞ」
「はっ! かしこまりました、陛下!」
「父上が……、僕を見限るなんて……」
うわごとのようにそう呟くダイヤに、ヒスイが手錠をかけた。
「安心して下さい、ダイヤ様! 私とともに全力でトレーニングに励めば、すぐにお父君も貴方のことを見直しますから!」
ヒスイによる全力のトレーニングなんて、想像しただけでも恐ろしい。でも、色々とこじらせてる感じの人には、荒治療もひつようなのかも……。
「それと、我が娘よ」
「ふぁいっ!?」
しまった、完全に油断してたから、変な声が出ちゃった……。
「お前は以前から、光の聖女と親しくしていたな?」
ギベオンの目つきが、いつになく鋭くなった。これは、ちょっと姿勢を正さないとまずそうな感じだ。
「ええ、まあ、そうですね……」
「はい! 先ほどご覧いただいたとおり、徹頭徹尾ラブラブでしたよ!」
「ミカ、ごめん。ラブラブなのは認めるから、今はちょっと発言を控えてて」
「やっほう! サキがそう言ってくれるなら、ちゃんと静かにしてるぜ!」
ハイテンションにそう言うと、ミカも姿勢を正してくれた。
それでも、ギベオンの目つきは鋭いままだ。
「……ふむ、それならば、今回の一件について、二人にも詳しく事情を聞かねばなるまいな」
……たしかに、成功させるつもりはなかったとはいえ、ミカは闇の勢力を全滅させる計画に加担してた。それに、私もその計画を見抜けなかった。厳しく追及されても、仕方がないか……。
「……ただし、究極魔法とか使われちゃったら、パパの手にも終えなくなっちゃうから、困ったなー」
「……は?」
いきなり、棒読みでなにを言い出すんだこの人……、ああ、そうか。
「いやあ、まったくですね、陛下。私も、お二人が仲むつまじく過ごす様子をもっとこの目に焼き付けたかったのですが、究極魔法を使われてしまったら仕方ないですねー」
ヒスイも、棒読みでギベオンの言葉に続く。
……二人が、そう言ってくれるなら、お言葉に甘えよう。
「……二人とも、今までありがとう」
「ヒスイさん、お義父さま、今までありがとうございました!」
「……気にするな。二人とも、向こうの世界に行っても、元気にくらすのだぞ」
「お二人とも、どうかお幸せに」
穏やかに微笑む二人に向かって、二人で深々と頭を下げた。
少し名残惜しいけど、もう時間なんだ。
「……じゃあ、ミカ、一緒に帰ろうか」
どさくさに紛れて手を握ると、ミカは軽く目を見開いた。でもすぐに、満面の笑みを浮かべて、手を握り返してくれた。
「うん! 帰ろう!」
……今までのトレーニングのおかげか、握力が若干すさまじいことになってるけど、今は我慢しなきゃね。
「……闇の力よ」
「……光の力よ」
握りしめた手から、熱があふれ出す。
「今ここに集まって」
「今ここに集まって」
周りの景色が、だんだん歪んでく。
「私とミカを」
「私とサキを」
手の平が、焼けそうに熱い。
それでも、この手は絶対に放さない。
だって――
「元の世界に帰して!」
「元の世界に帰して!」
――絶対に、二人で一緒に帰るんだから。
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