第6話 締め切ってます

 失神しながらもうわ言を繰り返す聖職者の男性。

 

 土下座を続けるオウギョク。


 無邪気な笑みを浮かべる光の聖女。


 困惑する闇の元帥わたし


 そんな面々のおかげで、大通りはかなりカオスなことになっていた。こうなったら、ミカとの思い出を回想して、現実逃避をしようかな……。


「あ、あく、悪魔だ……」


「嗚呼! 光の聖女様は、今日もお強く、鋭く、美しい!」


「元帥さーん! 褒めてください!」


 ……いや、この場で現実逃避するのは、さすがに無責任か。


「光の聖女……、たしかに、無抵抗のお前に、街の人たちまでまきこむ恐れのある魔法を撃ったコイツは褒められたものではない。だが、いささか脅しすぎではないのか?」


 私が問いかけると、光の聖女は屈託のない笑みを浮かべて、首を激しく横に振った。


「全然そんなことありません! 光の聖女はどんな理不尽も笑顔で受け流しますが大好きな闇の元帥さんを侮辱する奴には容赦しませんをモットーに乙女ゲームな日々をすごしているんですからね! とう!」


「だから、WEB小説のタイトルみたいなセリフを口走りながら、助走をつけてとびつくな!」


 恒例になりつつあるセリフを口にしながら、光の聖女を引き離した。そして、光の聖女も、例によって例の如く、不服そうに唇を尖らせる。


「えー、私はこんなに元帥さんのことを愛しているのに、なんで抱きしめちゃダメなんですか?」


「お前が私に対してどんな感情を抱こうが勝手だか、せめて私の都合や気持ちというのを少しは考えてくれ」


 それから、いつものように苦言を口にすれば、光の聖女は自信に満ちあふれた表情で、明後日の方向に真っ直ぐな発言をする――



「元帥さん……私のこと、嫌いなんですか?」



 ――はずだった。

 それなのに、光の聖女は予想に反して、悲しげな表情を浮かべて、弱々しい声で私に問いかけてきた。

 えーと、これは、情に訴えかける作戦?

 でも、さすがに涙目の美少女を無下にはできない……。


「別に、極端なところはあると思うが……、お前に対して嫌悪感を抱いているわけではない」


 正直な感想を告げると、光の聖女は目を見つめながら詰め寄ってきた。


「なら、どうして……!」


「それは……」



 失恋した相手を思い出してしまうから。

 それに、私はお前が恋い慕う闇の元帥とは別物だから。



 そんな言葉が、口からこぼれかけて止まった。

 本当のことを本人にハッキリと伝えるべきだというのは分かっている。たとえ、それで一時深く傷つくのだとしても。


 それでも、いざ泣き出しそうな光の聖女を前にすると、言葉に詰まってしまう。

 多分、どことなくミカに似た子が、傷ついた表情を浮かべるところを見たくないからなんだろうな……。



「一体、これは何の騒ぎですか?」


 

 不意に、背後から煩わしそうな声が聞こえた。

 振り返ると、灰色のローブを纏った紫色の長髪の美丈夫――


「あまり騒々しくされると、占星術院の者たちの集中力が切れてしまうじゃないですか」


 ――攻略対象キャラ一番人気、占星術師のムラサキが、気怠げな表情を浮かべて現れていた。

 ムラサキに気づいた光の聖女は両手で目を軽く拭い、笑顔を浮かべて手を振った。


「あ、ムラサキー! やっほー!」


 まあ、光の聖女が光の勇士に声をかけるのは当然なのかもしれない。でも、この場にムラサキが来たら、なんだかまた面倒ごとが起きそうな気が――


「やっほー、ではありませんよ、まったく。少しは、聖女の名に恥じないように、しとやかに……!? あ、貴女は!?」


 ――したら、案の定これだ。

 私に気づいたムラサキは、血相を変えてこちらに詰め寄り……。


「貴女は闇の元帥殿、ですね?」


 肩を掴みながら、顔を覗き込んできた。


「そうだが、何の用だ?」


「本日は、貴女に聞きたいことがあります」


「聞きたいこと、だと?」


 私が問い返すと、ムラサキは真剣な表情でコクリと頷いた。

 それから、ゆっくりと息をすいこみ――



「お二人のカップリング表記は、『闇光』固定で、よろしいですよね?」



 ――非常になんとも答え難い質問を繰り出してくれた。


「えー、私は別に『光闇』でも良いんだけどなー」


 続いて、光の聖女が不服そうに、なんともコメントしづらい言葉を口走る。とたんに、ムラサキが呆れた表情を光の聖女に向ける。


「何を言っているんですか、光の聖女様。たしかに、平常時はどちらの表記でもあまり不都合はありません。しかし、いざ行……」

「全年齢対象の世界観で、それ以上の発言は慎んでくれ!!」


 ムラサキの際どい発言に、思わずツッコミを入れてしまった。

 このゲームは攻略対象の幅広さと、年齢制限なしというレーティングが売りだったからね! でも、よりにもよって一番人気のキャラから、それをぶち壊すような発言を聞かされるなんて……。


「……全年齢対象、とは?」


「あ、いや、こっちの話だ。ともかく、お前はなぜ敵対勢力の幹部である私と、光の聖女が交際することに乗り気なんだ?」


 キョトンとするムラサキに向かって、話題を変えるように質問をした。すると、ムラサキはこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「なぜって? それは、光の聖女様のような可憐な女性の交際相手には、貴女のような凜々しい方が相応しいからですよ。それに、貴女なら、光の聖女様に何かがあれば、身をていしてでも庇ってくださるでしょうし」


 ムラサキは心なしか早口で、私の質問に答えてくれた。まあ、たしかに、さっきはつい、イベント通りに光の聖女を庇ってしまったけど……。


「それなら、交際相手は私じゃなく、そこにいるオウギョクでもいいだろ?」


「オウギョク、ですか?」


「そうだ。コイツなら、今の状況はアレだが、凜々しい部類の人間だし、光の聖女の命とあらば、嬉々として身を挺するタイプなんじゃないか?」


「はぁ、何を言い出すかと思えば……」


 ムラサキが、お手上げのポーズをしてため息を吐いた。


「本当に、貴女は何も分かっていないのですね」


 もの凄く腹の立つセリフと表情だけど、疑問の答えを聞くまでは黙っておくことにしよう。

 まあ、なにかろくでもない答えが返ってくる気がするけど――



「推しが野郎とくっつくくらいなら、いっそのこと百合に突き進んで欲しい、というのは全人類の大願ではないですか」



 ――というか、そこそころくでもない答えだった。

 しかも、さも当然と言いたげな口調だ。


「別に、全人類の大願ではないだろ。たしかに、そういう考えの奴も一定数いるかもしれないが……」


「その通りだぞムラサキ! 人類の大願とは、推しの足下に這いつくばって跪くことだ!」


「そうだよムラサキ! 人類の大願はその他全てを踏みにじってでも推しを攻略することだよ!」


 私の言葉に、オウギョクと光の聖女が真逆の方向性で物騒な言葉を口にしながら、加勢してくれたけど……。


「……たのむ、二人は今黙っていてくれ」


 脱力しながら声をかけると、二人は声を揃えて、はーい、と返事をした。


「まあ、ムラサキの言い分は分かったが……、他の男とくっつかれるのが嫌なら、自分が交際相手になるように行動すればいいんじゃないか? それこそ、さっきの光の聖女の言葉のよ……」


「あ、いえ、自分は推しにして欲しいのは握手まで、という類の偶像アイドルオタクなので」


 私の問いかけに、ムラサキは真顔でやや早口で、言葉をかぶせ気味に答えてくれた。

 ……まあ、ザクロしかり、オウギョクしかり、ゲームでは見えなかった一面があるのは仕方ないのかもしれない。でも、一番人気のキャラクターが、自分のことをオタクと宣言するのはいかがなものだろう……。


「ふん。ムラサキは信心がたりないな、私なら光の聖女様がしてくださることであれば、なんだって喜んで受け入れるというのに」


 余計な心配をしていると、オウギョクが土下座したまま勝ち誇ったような声を出した。いや、オウギョクはなんでその状態で、マウントを取ろうとしてるのさ……。


「黙ってください、オウギョク。私はお前と違ってマゾヒストではないのですよ」


 ムラサキはムラサキで、思っていたけれど口に出すのをはばかっていた言葉を平然と言い放つし……。


「ムラサキ! 仲間に向かってドMとはなんだ、ドMとは!」


「ドまでは言っていないでしょう!? それよりも、なんでそんな所に這いつくばっているんですか!? 貴方がいるせいで、目の保養になる百合百合しい光景が、台無しなんですよ!」


「うるさい! 光の聖女様が頭を下げろと命じたのだから、仕方ないだろう!」


「それならば、せめて二人からもっと離れた場所で土下座をしていてください!」


 オウギョクとムラサキは、なんだかケンカのようなものを始めてしまった。これは、もう、どうしようかな……。


「えーとね、ムラサキ。さっき、オウギョクが元帥さんに向かって酷いこと言ったから謝ってもらってたの」


 見かねた光の聖女が説明すると、ムラサキは顔を上げた。それから、オウギョクに視線を落として深くため息を吐いた。


「オウギョク、百合の間に野郎が割って入るのは、万死に値しますよ?」


「百合がどうのというのはよく分からんが……、光の聖女様を傷つけてしまったのは事実。だから、こうしてお叱りを受けているのだ」


 ムラサキの言葉に、オウギョクが心なしか声を弾ませて答えた。


「まったく、貴方と言う人は、本当に……」


 ムラサキは再び深いため息を吐いた。

 まあ、ため息を吐きたくなる気持ちも分かるけど、ムラサキはムラサキで大概だと思う……。


「つまり、さっきの轟音は、愚かしくもオウギョクが光の聖女様と闇の元帥殿の間に割り込もうとし、お二人の愛の力の前に返り討ちにあった音ということですね?」


「いや、そういうわけではない」


 愛の力という言葉をスルーしながら訂正すると、ムラサキは眉をひそめて首を傾げた。


「では、どういうわけなのですか?」


「オウギョクに謝ってもらってたら、そこに倒れてる人が、いきなり言いがかりをつけながら、ヤバめな魔法を撃ってきたの!」


 私の代わりに光の聖女が答えると、ムラサキは目を見開いた。


「なんですって!? 光の聖女様、お怪我はありませんか!?」


「大丈夫だよ! すっごく怖かったけど……、元帥さんが守ってくれたから! ね、元帥さん!」


「別にお前を守ったのではなく、あいつが気に入らなかっただけだ! それに、止めをさしたのはお前だろ!? か弱いふりをして、くっついてくるな!」


 ツンデレのテンプレートのようなセリフを吐きながら腕にしがみついた光の聖女を引き剥がしていると、ムラサキが目を輝かせながら胸のあたりで手を合わせた。


「素晴らしい! やはり、貴女は私が見込んだ光の聖女様用のスパダリだけのことはありますね!」


「勝手にややこしいものに抜擢しないでくれ……」


「ふふふ、照れなくてもいいのですよ。光の聖女様と貴女の恋路は、この占星術師ムラサキが命に替えてでもサポートいたしますから。それはもう、お二人の恋愛運を高めるラッキーアイテムや、ラッキーデートスポットの鑑定から、何から何まで!」


「当代随一と言われる占星術の腕を、女子向けファッション誌の最後の方のページに載ってるような占いに費やさないでくれ……」


 力なくツッコミを入れていると、光の聖女がニコリと微笑んだ。


「ありがとうムラサキ! じゃあ、早速だけど、ちょっと元帥さんと二人きりになりたいから……、そこに転がってる不届き者と、這いつくばっているオウギョクを光の勇士の詰め所まで連れてってくれないかな?」


 光の聖女が上目遣いで首を傾げると、ムラサキは凜々しい表情で頷いた。


「かしこまりました。かませ犬たちは私が連れて行きますので、お二人はゆっくりと親睦を深めていてください。あと、できればその様子を後ほど詳しく教えてください」


「おい、今なにか余計なこと言わなかったか?」


「それでは、私どもはこのあたりで」


 私の質問を気に留めることなく、ムラサキは聖職者とオウギョクの襟首を掴み、引きずりながら去っていった。ゲームのステータスでは、体力と筋力が低めの設定だったけど、意外と力があるんだ……


「それで、元帥さん。なんで私の気持ちに応えられないのですか?」


 現実逃避気味にムラサキの筋力に感心していると、光の聖女が真剣な表情でこちらを覗き込んでいた。ムラサキの登場で本題を忘れてくれたんじゃないかと期待したけど、甘かったみたいだね。


「それは……」


「それは?」


 私の言葉を光の聖女が問い返す。これは、うやむやにできる空気じゃないか……。



「……少し前に、お前によく似た相手に失恋してな」


「……え?」


「正直なところ、まだその相手に、未練を残している。だから、お前と交際することになっても、逐一その相手を思い出し、無意識に比較してしまうだろう」


「……」


「色々と問題はあるとはいえ、真っ直ぐに思いを伝えてくれる相手に、そんな失礼なことはしたくない」



 正直に事情を話すと、光の聖女は口をつぐんでうつむいてしまった。やっぱり、傷つけちゃったよね……。でも、心は痛むけど、こうする方が彼女のためだから。


「憧れの闇の元帥さんの中身が、こんな未練がましい奴で悪かったな。失望したなら、さっさと他を当たってくれ」


「あ、元帥さん待って!!」


 捨て台詞を吐いて歩き出すと、背後から光の聖女の悲痛な声が聞こえてきた。その声を振り払うように、転移魔法を使い自室へと戻った。

 きっとこれで、光の聖女も私のことを諦めてくれたはずだ。

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