第290話 謎を残して


 祭りから数日が経って……思っていたより早く寒気がやってきた。


 秋はもう終わりだとばかりに気温が下がり、紅葉したかと思えたあっという間に葉が散って……厳しい寒さになるというのはどうやら本当のようだ。


 大慌てで植木屋さんに連絡をし、冬囲いを依頼し……思っていた以上に早く対応してくれて、そうして今日、畑で栗の木とクルミの木がどんどんと冬囲いにされていく。


 対応してくれた植木屋さんは、小さなクマ耳の獣人達で、てっきりタケさん達と同じクマ獣人かと思ったけども、話を聞くとどうやらアナグマの獣人らしい。


 ……アナグマ、アナグマの耳……。


 うん、小さなクマ耳にしか見えないな。


 クマにもヒグマとかツキノワグマとかいるし……大人の姿でここら辺を見分けるのは難しいのかもしれない。


 畑の木の数はかなりのもので、植木屋さん単体では手が追いつかないため、親戚や他業種の人を呼んでの作業となっていて、全部で10人近く。


 それだけの大人数のおかげで作業はあっという間に終わって……結構な費用となったけど、出来上がりもしっかりとしているし、文句はないだろう。


 木全体を冬囲いで覆い隠すのではなく、柱のような棒を一本立てて、そこからロープを放射状に広げて張るというタイプの冬囲いで……雪を弾くとかではなく、幹や枝が折れるのを防ぐ目的のものとなっている。

 

 あえて全体を覆わないことで日光や風が適度に当たり、そのおかげで木の健康が保たれるんだそうだ。


「強すぎる風は木にとって毒だけど、無風ってのはそれはそれで毒でな……ドーム状の実験施設で育てた木は、無風だったせいでまっすぐに育たず、ひねまがった木になっちまったらしい。

 適度に揺れることで汚れやらをふるい落とすってのもあるし……覆い過ぎるってのはそれはそれで問題なんだよ。

 枝が細いとか樹齢が幼いとか、簡単に折れそうな木なら折れるよりはマシだってんで覆うけどな」


 作業を終えて玄関までやってきた植木屋さん……40過ぎの白髪交じりのオールバック、作業服姿の男性がそう説明してくれて、それから玄関側の扶桑の木を見上げて声を上げる。


「ちなみに扶桑の木に冬囲いは、芽が出たばっかりとかじゃなければ必要ねぇぞ。

 何しろ扶桑の木は自分で雪を払うからな……それどころか冬囲いすら邪魔だと払い除けかねんのだ」


「……はい?」


 思わず裏声でそう返してしまう。


 今なんて、この植木屋さんはなんて言った……?


「いや、だからよ、見たんだろ? 種が動いてるとこ。

 なら木だって動くだろうよ? 枝が折れる幹が折れる、場合によってはそこから病気が入り込んでってことにもなりかねんからな、扶桑の木だって必死になるってもんだ」


 俺の裏声に対し植木屋さんはそう答えてきて……俺は痛む頭を両手で包み込みながら言葉を返す。


「えっと……扶桑の木が本当に動くとして、あの森の中心にある大きい扶桑の木も動くんですか?」


「そりゃぁそうだろうよ。

 ただあそこまでの大きさとなると、動くのも一苦労らしくて枝先を揺らすくらいのもんだけどな。

 樹皮も硬くなっちまってるから、動く度に割れるわ剥げ落ちるわで、ろくなことにはならねぇから……その、なんだ、歩いたりだとか幹を大きく左右に揺らしたりだとか、そんなとんでもねぇことは起きねぇぞ。

 枝先をちょいちょいと揺らして積もった雪を落とすくらいのもんだ」


「……なる、ほど。

 ……あの高さから雪が落ちたら大変なことになるのでは?」


 確か東京の方でそんなニュースがあったはず、積もって凍って塊になった雪がタワーから落ちてきて被害がどうのこうの……。


 扶桑の木が動く云々については深く考えないようにして、そんなどうでも良いことを考えた俺の言葉に植木屋さんは、


「まぁ、そうだが……もう数百年もあの木はあそこにあるからな、対策もしてあるし慣れてるし、特に問題になったりはしねぇわな」


 と、そんなあっさりとした答えを返してくる。


「……扶桑の木って一体全体、何なんですかね?」


 頭痛がするやら精神的にひどく疲れるやら、ぐったりとしながら俺がそう言うと植木屋さんは、口をあけて「そりゃぁ……」と何かを言いかけてから口をつぐむ。


 何かまずいことを言いかけてしまったという態度に、俺は手を軽く振りながら言葉を続ける。


「あー……言いにくいことなら無理には聞かないです。

 少しっていうか、かなりっていうか、無性に気になっただけなんで、どうしても知る必要があるって訳じゃぁないですから……」


 すると植木屋さんは手を口に当てて考え込み……それから顎を撫でてため息を吐き出して、それからゆっくりと口を開く。


「まぁ、そこら辺のことはどうしてもなら芥菜さんに聞くと良いさ。

 それと……種のことならそこまで気にしなくて良いぞ、そのうちというか、若木の頃が終われば落ち着くもんだからよ。

 そうじゃなきゃぁこの森そこら中が種まみれになってるわな。

 栄養価の高い種がそんなにばらまかれりゃぁそれを食ったネズミや虫が大繁殖しかねない……が、それも起きてねぇ、つまりはまぁ、安心して良いってことだ。

 それと……大きくなりすぎたりした場合もそこまで深刻になることはねぇぞ、その時は俺たちに頼めば良いからよ。

 ……なんだ、移動なんかさせて良いのかって顔だな?

 そりゃぁ当然良いだろうさ、扶桑の木だって狭っ苦しいとこより、大きく枝と根を伸ばせる快適な広場の方が良いに決まってる。

 だからまぁ、プロが丁寧に仕事をすりゃぁ扶桑の木も抵抗はしねぇよ」


「……雑な仕事したら抵抗するんですね」


 そう俺が返すと植木屋さんは素知らぬ振りをして、そっぽを向いて……支払いに関する書類だけを手渡して、立ち去っていく。


 これ以上は話すことはないということなのだろう……そんな植木屋さんに礼を言って見送って、それから玄関から中に入る……前にもう一度扶桑の木を見上げる。


 扶桑の木、伝説の木、あっという間に育って種が動く、謎の木。


 この森が存在するのは扶桑の木のおかげ? 扶桑の木には凄い力がある? 扶桑の木には何か凄い秘密がある?


 色々と気になることがあるけども……とりあえず、そこら辺のことを調べるのは追々、冬に向けての備えをしてからになるかなと、そんなことを考えたなら戸を開けて、そろそろこたつを出しても良いかもしれない我が家へと、帰宅するのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


八章はこれで終了となり次回から冬とか年末年始とか、扶桑の木のあれこれ編となります。


応援や☆をいただけると、扶桑の木がちょっとだけ大人しくなるとの噂です。

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