第31話 イフリートの試練(6)
村長の言うとおり、村から山道を少し進んだ所に山賊のアジトはあった。
簡素な建物が4軒、周りに張り巡らせた防護柵。防護柵に取り付けられた傾いた櫓には、見張りの姿が見えた。
「さて、どうやって攻めますか?」
茂みの中に身を隠したフローがトゥラデルに問いかけた。
「今更だけどよ。」
トゥラデルがフローを見た。
「何で嬢ちゃんも付いてきてるんだ?」
当然のことのように、山賊討伐に付いてきたフロー。身の危険を回避するなら、村に置いてくるのが得策だったことは明らかだ。
「えー?!私だけ仲間外れですか?!私だって山賊討伐を見てみたいです!」
突然の大きな声を上げたフローの口を、慌ててトゥラデルが両手で抑える。
「貴様!姫様に触れるなど、万死に値するぞ!」
今度はアクアディールが大声を上げる。
トゥラデルに倣い、アクアディールの口を両手で抑える僕。
周囲を警戒するトゥラデルと僕。
幸い見張りには見つかっていない。
「分かった、分かったから。頼むから騒がないでくれ。」
フローに言い聞かすトゥラデル。
出会った時と全く違う雰囲気のトゥラデルが滑稽で、僕は思わず吹き出してしまった。
「おい、小僧。今笑わなかったか?」
僕は急いで首を振る。
「課題はどうやって見張りの目をかいくぐるかですね。」
顎に手を当てたフローが深刻そうに呟いた。
「っていうか、お前誰だよ!キャラ変わってんぞ!」
「すいません。王城で厳しく育てられた反動で。」
フローがこちらを向いて小さく舌を出した。
「見張りの目をかいくぐるも何も、アジトの真ん中に火球か何かブチ込んで、慌てて出てきた奴から仕留めりゃ良いじゃねぇか?」
「却下です。緊張感に欠けますので。」
トゥラデルの案をすかさず否定するフロー。
「私も姫様の意見に賛成です。」
こう言ったアクアディールは、きっと何も考えていない。
「こういうのはどうでしょうか?ここにたまたま痺れ薬を塗り込んだ短剣があります。これで私が見張りを痺れさせてから、アジト内に侵入。アサシンの如く、一人また一人と襲撃していく。」
たまたま痺れ薬を練り込んだ短剣って・・・確実にさっき村で仕込んだだろう。
「私も姫様の意見に賛成です。」
フローがアクアディールの意見に満足そうに頷く。
「あ、言っときますけど、殺しちゃ駄目ですからね。山賊と言えども立派な国民です。」
「うわ、面倒くせえ。」
大袈裟に頭を抱えるトゥラデル。しかし、フローはそんな事は気にせず短剣を構えた。
「嬢ちゃん、当てられんのか?」
「大丈夫です!ロゼライトさんが石を投げるのを見て、絶対に当たる方法を思いつきましたので。」
思いついた?
「土の精霊よ、短剣に力を。」
フローの持った短剣に土の魔力が宿る。
「あとは、この短剣を見張りの肩口にでも落下させれば良いんですよね?」
得意気に自慢するフロー。
「いきますよっ!」
そう言って投げられたフローの短剣は、見張りとは少し外れた方向に飛んでいく。
「嬢ちゃん、それじゃ当たらねえ。それにな・・・。」
「まだまだです。ここから見張りに向かって短剣は落ちていきますから。」
そう言ったフローの顔は得意気だ。
事実、フローの言った通りに短剣は進路を見張りの方に変えて飛んでいく。
期待を込めた眼差しで短剣を凝視するフロー。
しかし、短剣は見張りに当たること無く、櫓の柱に突き刺さった。
うん。動いている物質には『慣性力』がかかるからね。思い通りに曲げるにはかなり練習が必要なんだよ。
フローの思いつきは、かなり良いとは思う。
しかし、短剣には予め重力の方向と強さのイメージを乗せなければならず、この技を使うのはかなり難しく、僕も森に成っている果物欲しさにかなり練習した。
「嬢ちゃん、残念だったな。あと痺れ薬ってのは効くまでに時間がかかるから、仮に当たったとしても、薬が効くまでに味方を呼ばれちまうって事を覚えとけ。」
トゥラデルが剣を抜き、茂みから飛び出した。
不審に思った見張りが辺りを警戒している。見つかるのは時間の問題だと踏んだのだろう。
「小僧、付いて来い!アクアディールは嬢ちゃんの護衛だ。」
トゥラデルに続いて僕も茂みから飛び出して、アジトの入り口に走った。トゥラデルが火球を放ったのか、中では既に爆音が轟いている。
「誰も殺さないで下さいね!」
フローの叫び声が後から聞こえてきたので、僕は軽く右手を上げて答えた。
「魔剣よ、その力を開放しろ。」
僕は言葉と共に、魔剣を持った右手に魔力を込めた。
僕の魔力が呼び水となり、魔石に蓄えられた魔力が開放されていくのが分かる。
軽い発火音がして、剣身が真っ赤な炎に包まれた。
山賊の数は、このから確認できるだけで7人。
既にトゥラデルが2人仕留めているから、残りは5人か。
「来たな小僧、1人やる。倒してみろ。」
何が楽しいのか、トゥラデルがニヤニヤしながら、ひとりの山賊を顎で示した。
トゥラデルの様子を見た山賊が僕の方に顔を向ける。
山賊は僕の持っている魔剣を見て一瞬怯んだが、気を取り直して間合いを詰めてきた。
山賊の武器は刃渡り50センチぐらいの曲刀。
手入れは行き届いておらず、至る所に錆が発生している。
切れ味が良いようには見えないが、その代わりに不気味な存在感があった。
僕は一回深呼吸をしてから鋭く息を吐き、素早く間合いを詰め、魔剣を袈裟斬りに振った。金属同士がぶつかる鋭い音が辺りに響く。
僕の剣を受け止めた山賊が、力任せに曲刀を押し返してきた。
くっ、力じゃ敵わないか。
後方に跳び、何とか力を逃がす僕。しかし、山賊も僕の隙を逃すほど愚かではない。
曲刀が僕の頭に向かって振り下ろされた。
勝ち誇った山賊の表情が無性に腹が立つ。
「舐めるなっ!」
僕は体を反転させて剣を避けると、山賊の首筋に向かって剣を、突き・・・刺・・・。
人を、殺すのか?僕が?
突然、湧き上がる恐怖と疑問。
形容し難い感情が胸の奥に渦巻く。
山賊の首に僕の剣が突き刺さる寸前で剣を止め、僕は後方に飛び退いた。
山賊は自分の首をなでながら、不思議そうな表情で僕を見る。
剣を持つ手がじっとりと湿っているのがわかる。
ガクガクと足が震えだし、その震えは全身に波及してきた。
「何だ、怖いのか?この俺が。」
違う!お前が怖いんじゃない!
次の瞬間、目の前に立っていた山賊が、突如白目を剥き、力なく倒れた。
「魔物は切れても、人間は切れないか。」
山賊の後から姿を表したのはトゥラデルだった。
「予想はしてたが、とんだ甘ちゃんだな。」
アジトの中にはいた山賊は、既にトゥラデルが倒した後のようだ。
「いいんじゃね?嬢ちゃんの指示を守ったってことにしとけば。」
明らかに意気消沈している僕を見て、トゥラデルが大袈裟におどけて見せた。
「それより宝だ、宝。」
人を殺めるということ。
誰かの人生を終わらせるということ。
今まで全く考えてこなかった訳ではない、しかし実際に人を殺めなければならない場面に遭遇して初めて思う。
覚悟が足りていなかったんだ。
僕は自分の弱さを痛感した。
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