第24話 王都襲撃(6)

 テレーズ王女の渾身の一撃を軽々と受け止めた魔族は、そのままハルバードを握りテレーズ王女ごと投げ捨てた。

 中庭の端まで飛ばされたテレーズ王女は、間一髪受け身をとり着地をする。

 さすがテレーズ王女と言いたいところであるが、事態はそう楽観的には受け止められなかった。

 僕はというと魔族の顔に火球を飛ばし、テレーズ王女の体勢が整うまで援護をしていた。その魔法が煙幕程度の効果しかないことを知りつつ・・・。

 魔族の顔が醜く歪んだ。

 小刻みに肩が震えている。これは・・・余裕?・・・笑っているのか?

「舐めるなよ。」

 魔族の表情を見たテレーズ王女はそう呟き、直後、目を見開いた。

「この私を舐めるな!」

 叫び声と同時に禍々しい黒い霧が出現し、テレーズ王女を包み込む。

 ドクンと、僕の心臓が脈打つ。

 な、なんだ・・・この感覚は・・・。

「ロゼライトさん、テレーズお姉様から離れて!」

 フローが叫んだ。

「ロゼライト、離れていろ。恐怖で心が壊れるぞ。」

 無造作に髪を掻き上げ、苦悶の表情を浮かべながらテレーズ王女が僕に言った。

 苦痛・・・いや、笑っているのか・・・。

 表情や口調は確かに苦しんでいるように見えるが、口角は僅かに上がっている。

「ロゼライト、早く下がれ!恐怖に取り込まれるぞ!」

 心臓が痛い・・・まるで猛禽類に捕まれているかのようだ・・・。

 まさか、恐怖を「創造」したのか・・・?

 これが、闇の魔法。

 テレーズ王女が忌み嫌う力。

「冥界の槍よ、姿を現せ。」

 地が割れ、巨人が使用するかのような大きさの槍が姿を現した。

 槍は空中で何回か回転し、切っ先を魔族に向ける。

 魔族は動かない・・・いや、動けないのか・・・。


 『串刺し王』


 ふと頭に浮かんだのは、小さい頃に読んだ童話の題名。

 敵国の兵、奴隷、罪人。

 様々な人を処刑し、見せしめのため領地に串刺しにた恐怖の王。

 ダメだ、これは使ってはいけない力だ。

 そう思うが、声を発することができない。

 粘着質な空気が僕の呼吸を阻害している。

 足が震え、立っているのがやっとだ。

 闇の霧に包まれたテレーズ王女の顔が、歓喜に歪む。

「死ね。」

 静かな声が中庭に木霊する。

 おかしな言い方だが、確かにその静かな声が中庭に響き、何よりもはっきりと僕の耳に届いたのだ。

 あぁ、皆死ぬんだ・・・疑いもなく、そう思った。

「テレーズ姉さん、意識をはっきり持って!」

 突然、後方より声がした。

 透き通る声、振り返らなくても分かる。今、この時を打開できる唯一の存在だ。

「シャルロットお姉様!」

 フローが中庭の入口に向かって叫んだ。

 テレーズ王女が纏っていた闇の霧が、弾けたように消滅した。同時に冥界の槍が静かに姿を消す。

 膝をつくテレーズ王女。

 息が上がっているが、正気は保てているようだ。

「穿て!」

 シャルロット王女の指先が光ると同時に、魔族の体に無数の光の矢が突き刺さった。

 痛みで正気に戻ったのか、魔族の目に闇色の光が戻った。

 危険な相手と判断したのだろう。魔族が標的をテレーズ王女からシャルロット王女に変え、距離を詰めてきた。

「光の矢よ!」

 シャルロット王女の指が光ると同時に、さらに数本の光の矢が魔族の体に突き刺ささった。しかし魔族の突進は止まらない。

 魔族の突進を、人の技とは思えない速度で身をかわすシャルロット王女。

 勢い余って、中庭の壁に突進する魔族。

「テレーズ姉さん、大丈夫ですか。」

 隙を逃さずテレーズ王女に走り寄り、様子を伺うシャルロット王女。

「ありがとうシャルロット。今のはかなりやばかった。」

「もう少し、気を確かに持っていただかないと困りますよ。」

 そう言ったシャルロット王女の顔は笑っていた。

「まずいな、シャルロット。」

「まずいですね、テレーズ姉さん。」

 ふたりは顔を見合わせた。

「やるか?」

 「やる」とは?

「でも、ロゼライト君がいますよ。」

 僕がいちゃまずいことなのか?

「良いんじゃないか?ロゼライトなら。父さんも気に入ってるし。」

「そうですね。どの道このままじゃ、やられちゃいますしね。」

 テレーズ王女が立ち上がって、僕の方を見た。

 まるで、今からやることを目に焼き付けろと言っているみたいだ。

「闇の精霊よ、私に力を!」

 テレーズ王女がそう口にした瞬間、中庭の空気に振動が走った。重苦しい魔力の充満を感じる。

 そして、僕は信じられない光景を目の当たりにした。

 それは、中庭に出現した5人のテレーズ王女。

 何だ?・・・自分を「創造」したのか?

「王家の秘術です。精霊の力を借りて魔法を発するのではなく、自分自身が精霊と一体化することによって得られる力。」

 いつのまにか僕の側に来たフローが、そう説明してくれた。

「秘術を使用できるのは・・・王家でもテレーズお姉様と、シャルロットお姉様だけ・・・です。」

 魔法の使い過ぎなのか、フローは自ら立っているのも苦しそうだ。

「光の精霊よ、私に力を!」

 テレーズ王女に続きシャルロット王女も魔法の言葉を紡ぐ。

「闇の精霊のの秘術は『分身』、そして、光の精霊の秘術は『瞬間移動』。」

 フローが説明を続ける。

 次の瞬間、シャルロット王女の姿が突然消え、魔族の後ろに姿を表した。

「穿て!」

 訳も分からずに光の矢に頭部を射抜かれ、よろめく魔族。

「グァアアァァ!」

 中庭に苦悶の叫び声が響き渡る。

 それでも倒れる寸前で踏ん張り、左手の爪を後方に振って反撃できるところは、さすが中級魔族と言わざるを得ない。

 しかし、すでにそこにはシャルロット王女の姿はなく、全く別の場所からさらに光の矢を放つ。

 瞬間移動、光の矢、瞬間移動、光の矢。

 神出鬼没なシャルロット王女の攻撃に、堪らず後退する魔族。

 そこに5人のテレーズ王女が切りかかった。

 ある者は手を、ある者は足を、そしてまたある者は頭にハルバードを突き立てる。

 そして逃げた先にあるのは、瞬間移動したシャルロット王女の姿。

 魔族は、遂に空中へとその身を避難させた。

 強すぎる。

 二人の力は常識をはるかに超えていた。

「我ノ名ハ・・・。」

 魔族は急に声を発した。

「人の言葉が話せるのか・・・。」

 魔族が僕たちを見回す。

「我ノ名ハ、グランデール。」

 魔族に名前があるのか?!

「偉大ナル魔族ノ眷属カツ、現世ヲ貪ル使者。」

 怨恨の含まれた声で言葉を紡ぎ続けるグランデール。

「覚エタゾ、貴様ラ。覚悟シテオケ。」

 そう言ったグランデールの体が徐々に薄くなっていく。

「逃がしません!」

 シャルロット王女が光の矢を放つが、時すでに遅く、グランデールの体を突き抜け空へと消えていった。


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