第24話  Sideアン

 王都にあるアッシュベリーのタウンハウスへ到着しゆっくりと寛ぐ事もせずに私達は身を清めそして衣服を纏えば王宮へと向かいました。


 本来ならば日を改めるべきなのは十分承知しております。

 しかしながら今日の日へ面会を取り付け、その日に合わせて王都入りしたのも旦那様に言わせれば予定通りなのです。


 何故なら王都でゆっくりと足を伸ばす事は出来ないから……。



 当主夫妻である私達がそうであるならば当然家臣達も……その様相は国王への挨拶へ出向くものではなく戦へ赴くと言ったものでしょうか。

 シリル様は道中もですが到着して直ぐ家臣達へ色々細かく指示を出しておられました。


 挨拶を済ませば即アッシュベリーへ発つお心算でしょう。


 騎士達も心得たとばかりに準備に余念はありません。

 何故なら王都は私達アッシュベリーにとってもう故国ではなく敵国と認知しているからです。


 そうさせてしまったのは国王である兄であり、シリル様の妻である私なのです。


 ただし無事に王宮より出る事が出来れば……ですけれどね。


 そうたとえ私は無理だとしても最悪シリル様だけでも王宮より無事に脱出させなければいけません。


 アッシュベリーの一族の長であるシリル様を護らなければ、それが私に出来る唯一なのです。



「大丈夫。貴女を絶対に護ってみせるアン」

「……何があろうとも覚えておいて下さい。私がこの世で愛するのは貴方、シリル・メレディス・カークランドただ一人だけです」


「な、何を……急に、然もこの様な時に」

「今だからこそなのです。私がこうしていられるのもきっとあと少しでしょう」

「――――その様な事をさせはしないと言うだっっ。王がその心算ならば今直ぐアッシュベリーへ戻る!! アン、貴女を犠牲にしてまで俺はのうのうと生き永らえようとは思わない」

「シリル様⁉」


 そう言って御者へこのまま王都を出る旨を告げられました。


 私はその行動力を前にし心が震える程に嬉しかったのです。

 しかし今から進路を変えるのは些か遅過ぎました。


 そう王宮は目前。

 然も私達が向かっている事をわかった上で多くの騎士が配備されていえ、私達の馬車を王国の騎士達が包囲しているのです。


「――――ったく策を巡らせるのだけは優れていると褒めておこう。だが俺は貴女を無事にアッシュベリーへ帰すまでは忠誠を誓わない」

「シリル様……」


 私はその言葉を受けて思わず馬車の中だと言うのにも拘らず、旦那様へ抱き着いてしまいました。

 

 胸の中がこの様な時なのに嬉しくそして熱く幸せを噛み締める事が出来る。

 本当に緊迫した最中だと言うのにもです。

 

「私は生まれてきて良かったと、シリル様に愛されて初めて幸せを知る事が出来ました」


 だからそれだけでもう十分。


「何を馬鹿な事を……セディーと胎の子と共にこれからも幸せに生きていくのだろう」

「――――っ知っていらした……の?」


 先生にもまだ内緒にってお願いしていたと言うのに。

 妊娠を知られればきっとシリル様はアッシュベリーより私をお出しにならなかったでしょうから、私へ執着する兄と彼が衝突するのは目に見えているのです。


 だからその緩衝材になればと私は妊娠を隠していたと言うのにこれでは……⁉



「知っていた。だから本音を言えばアッシュベリーより出したくはなかった。国王とは殺し合いになるのやもしれぬ所へ大切な貴女を連れて行きたくはなかった」

「ではどう、して……」


「どのみち貴女は王へおびき寄せられるか若しくは俺の留守に王の配下の者によって連れ去られるだろうとリザが教えてくれた」

「リザが?」


 流石はリザ。

 幼い頃からの私と兄の性格を把握しておりますもの。


「ああ、それ程までに王の、アンへの執着は凄まじいものだと……な。だから傍で護る事にしたのだ。俺の傍であれば少しは危機を回避出来るかもしれん」


 少し困った様な表情で仰る旦那様が物凄く愛おしいと思いました。


「でしたら今だけっ、今この馬車の中だけでも良いですから私を離さないで!!」

「今だけではない。永遠に放しはしない。貴女は俺だけのアンだ!!」


 外ではアッシュベリーと王国の騎士達が睨み合いながら王宮へと続く道をゆっくり走っておりました。


 でも馬車の中で私達は何度も口づけを交わせば、私は旦那様の腕の中でひと時の甘く儚い夢を見ていたのです。

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