第5話 推しとつながれ!ドーナツの輪! その2

 ――、世界よ輝け!北辰の星!マジカル・ポラリス!

 ――、世界よ沸き立て!天狼星!マジカル・シリウス!

 ――、世界よ歌え!織姫星!マジカル・ベガ!


 ――、夜空に輝く三つの星!マジカル・ステラ!


 ……、最初に『マジカル☆ステラ』を観た時、私は心身共に限界寸前だった。

 いや、もうとっくのとうに壊れ切っていて、疲れ過ぎて心が何も感じないようになっていた。

 それでも、それぞれの色のひらひらとしたリボンやレース、星型のモチーフが着いた可愛らしいコスチュームをまとった女の子達が可憐に戦っているのを見て、わけもなく涙が流れたものだ。

 私にだって、華やかで、美しくて、可愛くて、キラキラしていて、強いものに、憧れていた時があった。

 ただ、大人になるにつれて、そういうものからどんどん遠ざかってしまっただけで。


 

――――



 変身して駆け付けると、そこには影の巨人のようなサイヤークの肩にメテオくんが乗っていて、ショッピングモールをぶっ壊しながら暴れ回っていた。

 周りの一般の人達が逃げ終わっているのを確認して、ショッピングモールの屋根に飛び乗る。


「メーテーオーくーん!愛してるよー!」

「来たな、マジカル・ポラリス!」


 私が呼びかけると、秒で応えてくれた。

 さすがメテオくん。ファンサもばっちりだ。


「サイヤクダー!マジカル・ポラリスを叩き潰せ!」

「サイっヤクダー!」


 この世界でも、基本、量産型魔獣は自分の名前を連呼するのは変わらない。

 私は、上から降ってきた、人ひとりぺちゃんこに潰せてしまいそうな巨人の拳を後ろに跳んでかわす。

 次いで、そのまま拳の上に飛び乗り、腕の上を走った。


「サイヤクダー!振り落とせ!」


 メテオくんの命令に従ってめちゃくちゃに腕が振り回される。

 立っていられないほどの揺れが来て、すぐに倒れ込んでしがみつく。

 が、思い切り腕を振り上げられ、身体が垂直になった瞬間、重力に耐えかねて落ちてしまった。


「やばっ……!」


 このまま地面と出会い頭に事故ってしまうのか、と無駄に焦る。


「ポラリス!」


 ……、しかし、これは作戦のうちである。


「ベガ!ありがとう!」


 織女星よろしく、ベガの「ベガ・ストリングス」で編んだ網をセーフネット代わりに、重力に任せて身を沈めた。

 うん、弾力性抜群だ。

 そのまままっすぐ真上に飛んでいき、メテオくんが乗っている巨人の肩の高さぐらいにまで跳ね上がった。


「メテオくーん!やっほー!」

「このっ……!小賢しいやつ……!」


 メテオくんのイライラと共に、すぐ巨人の拳が横から襲ってきたが、すぐに下に落ちていく。ぴょんぴょんと張り巡らされた「ベガ・ストリングス」の網をトランポリンの要領で跳ね回り、気まぐれに飛んでくる拳に乗ったり降りたりして、撹乱していく。

 巨人のようなサイヤクダーも、所詮は量産型魔獣。そんなに知能が高いわけでもなく、動きがめちゃくちゃ速いわけでもないので、私の動きを追うので精一杯なようだ。

 おまけに、それで巨人が動くので、メテオくんが「ダーク・スナイプ」で応戦しようとしても、ことごとく狙いが定まらない。

 次第に、「ダーク・スナイプ」をイライラと乱射し始めた。


「くそっ、ちょこまかと……!お前はオレのことが好きなんじゃないのかよ!」

「違うよメテオくん!推しだからこそ、メテオくんの色んな表情が見たいんだよ!それこそゆりかごから墓場まで!」

「こ、この野郎……!」


 メテオくんの額に青筋が立つ。

 私の言動や行動にイライラしているんだろうけど(そしてそんなところも推せるわけなんだけど)、彼は肝心なことを忘れている。

 「マジカル・ステラ」には、もう一人、メンバーがいるのだ。


「こっちを忘れてもらっちゃ困るね!」


 メテオくんの頬を掠めた青い稲妻は、「シリウス・シュート」。

 しかし、狙いはメテオくんではない。


「ウォォォオ!サイッヤクダー!」


 稲妻はサイヤクダーの顔を直撃。

 爆発音と雄叫びを上げながら、ぐらりと体幹から揺らいだ。


「クソっ……!」


 メテオくんはすぐにショッピングモールの屋根に飛び移る。

 私もすぐさま飛び移り、メテオくんの前に降り立った。


「さぁメテオくん!相手は私だよ!」

「……、勘違いするなよ!これで追い詰めたつもりか?お前だって、一人でオレの相手をするしかねぇんだからな!」


 ベガがサイヤクダーの足を拘束、シリウスが動きの取れないサイヤクダーに青い稲妻を撃ち込んでいる。

 しかし、今回のサイヤクダーは、巨人型をしていることもあって力が強い。どうやら、一筋縄ではいかないようだ。

 確かに、あの二人に、私のフォローをする余裕まではないだろう。


「知ってるよ!だから、私がメテオくんに勝ったら――」


 ……、実は、これこそが、私の望んだシチュエーション。

 アニメでは、この後メテオくんと戦って、追い返して終わり、なんだけど、それじゃもったいない。

 私もヲタクだ。それも、『マジカル☆ステラ』箱推し前提の、メテオくん最推しヲタクだ。

 前世はクラスタと呼ばれる方々ほど推しに貢げなかったが、今世では、幸運なことに主人公ポジションに転生出来た。

 それはすなわち、この世界で一番最推しに近い場所で、最推しの一挙一動生きている姿を拝める立場である。

 もっと言えば、最推しにとことん貢げる立場である。

 これが、シリウスやベガだったら、ここまで自分のワガママは通せなかったし、コメット王国側の立ち位置でもメテオくんを存分に愛で尽くすのは難しかったかもしれない。

 しかし、今の私、「星見台あかり」は、主人公なのだ。

 メテオくんヲタクとして、この立場を利用しない手はない。

 その実、恐れ多くもガワがあかりちゃんなだけで、中身は前世の社畜な記憶を持った残念なヲタクである私なんかが大っっっ変おこがましいような気がするが、それは、最推しを一番近くで応援出来るチャンス及び義務を放棄する理由にはならない。

 惜しむらくは、今の私は「中学生」だから、メテオくんに直接札束を渡せないことだけれど、そこは出来る範囲でやらせていただく。

 大丈夫。愛があればなんとかなるのは、必殺技をねじ曲げて変えてしまった時点で証明されている。


「――、私の貢ぐステラドーナツ!食べてくれませんか!?」

「は、はぁ!?なんだそれ!?」

「今流行りのお菓子なんだよ!美味しいから、メテオくんも食べてみて!」

「な……!毒でも混ぜてるんじゃないだろうな!?」

「物理的には何も混ぜてないけど、精神的には女子中学生のお小遣いとヲタクの重くて深くて熱い愛情をたっぷり込めているよ!」

「ど、どういうことだよ!?」


 この時、この瞬間のために、「家族のため」と言い訳をして、箱入りのステラドーナツを買っておいたのである。

 ……、いや、だって、私が前世の記憶持ちなのは、あおいちゃんは信じてないし、ことねちゃんの認識だって「ふーん、そうなんだー。あ、メテオリトとのことは応援してるね!」みたいな、軽く流されるレベルだからね!


「撃ち抜いてやる!お前のあの技、なんか変な気分になるんだよ!『ダーク・スナイプ』!」


 闇のエネルギー弾が、メテオくんの指先から次々と放たれた。

 しかし、心が揺れまくっているのか、その狙いはぶれまくっている。

 私はマジカル・ポラリスらしく、派手に側転したり、後転したりして避けていく。

 ちなみに、こんなアクションは、前世でも今世の「星見台あかり」でも、マジカル・ポラリスに変身してなければ絶対出来ない。


「あぁ!全然当たらねぇ!」

「さて!次は私だよ!」


 両手でハートを作り、覗き込む。

 狙いは、メテオくん。


「ラブ――」


 ――、その上から、ゆっくりと、サイヤクダーの、体、が。


「メテオくん!」


 悲鳴のような声が出た。

 考えるよりも先に身体が動く。

 全てがスローモーションに見える。

 気がついたら、腕の中に、目を見張るメテオくんがいて。

 ほっと息を吐いた瞬間に、上から衝撃が走って、落ちていく感覚がした。

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