推しを殴るなんて出来ません!

いんこ

第1話 襲来!並行世界からの侵略者…その名も最推し!

 顔面に拳をぶちこもうとした瞬間、走馬灯のように思い出した。


 物が散らかった安アパートの一室。カップラーメンを啜りながら、布団にくるまって観ていたテレビ番組。

 『マジカル☆ステラ』――日曜日の朝の、女児向けアニメ。

 中学二年生の女の子である『星見台あかり』が、『マジカル・ポラリス(イメージカラーはピンク)』というヒーローに変身して、並行世界から侵略してくる敵を仲間と一緒に倒していく、という、王道でありきたりで、それでも、人生に大切なことを教えてくれる素晴らしい物語だ。

 端的に言おう。どハマりしていた。ボロ雑巾のように栄養失調で死ぬ一呼吸手前まで、どハマりしていた。子ども向けの甘い希望は、乾燥しきっていた社会人の心にもキラキラと輝いていて、それだけで眩しくて熱くて、ぽーっとなった。

 ――なぜ、そんなことを、今になって思い出したか。


「顔が、いい……」


 叩きこもうとした拳を、下げる。

 ちょっと、待ってくれ。

 私はこの現実を、どう受け止めればいいのだろう。


「ちょっと!どうしたの?!」


 『星野ことね』こと、『マジカル・ベガ(イメージカラーは黄色)』が叫ぶ。


「あともう少しで倒せそうだったんだよ?!」


 『星波あおい』こと、『マジカル・シリウス(イメージカラーは青)』が叫ぶ。


「フッ、怖気づいたか?」


 目の前の、不敵に笑う少年は。


「け、け……」

「どうした?怖くて何も言えないのか?『マジカル・ポラリス』」

「結婚してください!!!!!!」


 ――私の、推しだったんだ。


「は、はぁああああ!?」


 『マジカル☆ステラ』の敵キャラ。

 夜空のようなぬばたまの短い黒髪に、気の強そうな吊り目の、大きな瞳。夕暮れの茜も消えた、夜になる直前の、宵藍の色をしている。

 少し華奢で、これからの成長が見込めそうな、少年らしい発展途上の体躯。

 その上に、黒い軍服と、大きすぎるマントを羽織っている。

 マジカル・ポラリスのライバル。

 並行世界のコメット王国の王子、『メテオリト』。通称、メテオくん。

 前世の私の、最推しだ。


「あ、ごめんなさい!今のナシで!……好きです!ずっとファンでした!これからも応援してます!会えて、嬉し、です……!」


 ヤバい。だんだん視界が潤んでくる。

 だって生メテオくんですよ……?ヤバい……。

 前世の最推しが、目の前にいる……。尊すぎる……。養いたい……!

 私なんかが『星見台あかり』に転生して、『マジカル・ポラリス』してて、正直申し訳ないんだけども……。


「ポラリス、本当にどうしたの?いきなり今日会ったばっかの人にプロポーズしちゃって!」


 ことねちゃんこと、ベガが、おいおい泣いている私に寄り添ってくれる。


「いや……、うん……問題はそれだけじゃない気がするけど……」


 あおいちゃんこと、シリウスは、深い深い溜め息を吐いていた。


「ずっと……ずっと会いたかった……!私、わた、し……!ずっとメテオくんのファンで……!推しで……!可愛くて……!」


 涙と鼻水が邪魔で、うまく話せない。

 生の推しに出会えるとか、ヤバ過ぎるでしょう。

 ずっとずっと、メテオくんが好きだった。

 生意気で、ツンデレで、可愛くて一途で、責任感強くて真面目で。

 王国のために、あかりちゃんたちと変わらない歳なのに一人で頑張って、いつも失敗して、最後は――。


「な、なんなんだよ……!勝手に泣くな!プロポーズしてくんな!好きとかファンとか、意味わかんねぇよ!オレはお前の敵なんだぞ!?わかってんのか!?」

「メテオくん」

「だ、抱き着いてくるなー!に、匂いを嗅ぐんじゃねぇよ!変態!」


 じたばたするメテオくんを抱き締め、スーハーしておく。

 この温もりを、失くしてなるものか。


「絶対に、私がメテオくんを守るからね」


 アニメでは、最終決戦の後、あかりちゃんを庇ってメテオくんは死んだ。そして、あかりちゃんはその悲しみで、マジカル・ポラリスから最終形態のアルティメットポラリスに進化している。

 女児向けアニメだから、あからさまに死んだって感じじゃなくて、光に包まれて消えたような演出になっていたけれど、あかりちゃんたちが最終決戦に勝っても、メテオくんは戻って来なかった。当時は、ネットでもものすごく騒がれていたっけ。

 あんな悲しみは、テレビの中だけで十分だ。

 メテオくんは、テレビの向こうじゃなくて、今、ここにいるんだから。


「な、なんなんだよ!放せ!」

「おうふっ」


 思い切り突き飛ばされて尻もちをつく。でも、痛みなんて感じない。

 メテオくん、耳まで真っ赤だ。照れているんだな、可愛い。

 家ではあんまり褒められ慣れてない子だから……。ヲタクとしては、眼福ですぞ……。


「きょ、今日はここまでにしといてやる!」


 私の邪な視線に気付いたのか、捨て台詞を吐いて、彼は並行世界へのワープホールを開けて逃げてしまった。

 

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