第8話 術式
翌日から、北原は村の維持のために、農作業を手伝うことになる。
主に畑での作業が中心だ。
また、この時期は田植えの季節でもあり、その手伝いを行うことになった。
こうした農作業は小学校の農業体験以来であるため、作業に慣れるのに時間がかかってしまった。
しかし、そこは比較的若い活力を生かして、作業の手伝いをする。
「いやー。ありがたいね。君のような若い人が来るなんて思ってもみなかったから」
「そうなんですか?」
「まぁね。Jさんが言うには、若い世代ほど異世界に来る確率が高いってのは話してるんだけどね」
「でも、ここにはそんなにいませんね」
「そう。いくらJさんでも異世界転移してくる人を全員確保するのは難しい、だってさ。転移してきたことを察知してくれただけでもありがたい限りなんだよ」
「へぇ。なら、子供でも作ればいいんじゃないですか?」
「それがねぇ、Jさん曰く、ここは異世界転移してきた人間を帰すための施設であって、子供を養育するための場所じゃないってさ。それに産まれてきた子供は異世界には帰せないから、この世界でしか生きられない。そんなだったら、最初から子供を作らないほうがいいって言ってるのさ」
「恋愛は自由だけどね」
そういって村人たちは笑う。
しかし、この村は過疎化が進んだ少子高齢化の村を体現している。やがて崩壊することもあるのだろう。
そうならないのは、定期的に世代が交代している証なのかもしれない。
昼間の農作業のノルマを達成したあとは、夕食をとって家に戻る。
夜寝る前に、北原は自分のスマホに導入された術式展開アプリを使う。
アプリを起動すると、白い画面が表示される。その上には、メニューボタンがあった。
北原はそのメニューボタンを押す。
すると、使い方を紹介しているページに飛ぶ。
使い方は簡単である。まず、基本的に音声入力であること。画面から音声入力した術式が展開されるため、画面は常に目標に向けておくこと。あとは慣れ、だそうだ。
早速北原は使ってみることにした。
音声入力はより具体的であれば、その通りに術式が展開される。
まずは画面を上に向けて、一言言ってみた。
「弱い炎」
すると、画面上で三角や四角といった簡単な図形が現れ、それが組み合わさり、画面上方にろうそく程度の小さい火が現れた。
手を火に近づけてみると、ほんのり温かみを感じる。
北原はよく分からなかったが、この火はどこからかエネルギーを供給してきて、ここに具現化しているということを理解した。
次はこの火を消す。
そのためには、特定の言葉を発しないといけない。
「解除」
その言葉で、さっきまでついていた火が消えた。それと同時に、画面に描かれていた図形は縮んでいき、そして画面から消える。
次は別の言葉をかける。
「流れる水」
そういうと、画面の図形が先ほどと別の形をなして現れる。
そしてそこから、蛇口を少しだけひねったような水が湧いて出てきた。
水は空中のある一点から無限湧きしているようで、そのままスマホと北原の手を濡らしていく。その水は床にまで広がった。
「うわわっ、解除っ」
すると、水は湧き出るのをやめた。
床には水溜まりができ、一部は布団にまでかかってしまっている。
「この水どうしよう……」
少し悩んだあと、一つの考えに行きつく。
まずは床に溜まった水だ。
「吸引、消失」
すると、掃除機並みの吸引力が発生する。
それを使って水溜まりを吸い込んでいく。
そのまま水は吸引され、消失した。
「解除」
吸引を終了すると、次は布団にかかった水を処理する。
「熱風60℃」
すると、スマホの画面から熱風が出始める。少し温度が低かったのか、ぬるい熱風が出てくる。
ドライヤーの温度なんて知らない北原は、温度を上げる。
「熱風100℃」
図形に小さな変化が生じて、温度が上がり、まともな温度になる。
その状態で、布団の濡れた場所に当てる。
そのまま水気を取る。
10分程しただろうか。術式を解除し、問題箇所を触ってみる。
完全に水気は取れ、カラッとしている。
「なるほどな、こんな感じか……」
北原はなんとなく理解した。
これはいわゆるファンタジーの詠唱に似ている。
そう考えれば、この音声入力に合点が行く。
その他メニューには、転移術式の使い方や、その制御方法についての話も書いてあった。
「そうだ、これを外しておかないと……」
そういって首輪に触る。
少し考えた後、北原はこう音声入力した。
「首輪、切断」
すると、パキンと音がなり、首輪が真っ二つに割れる。
これで北原を縛っていたものは何もなくなった。
北原はこのアプリを使って、日々練習を繰り返していく。
時折、村人たちとの交流を深める。その農作業の風景を写真に撮ってみたり、パソコンをいじらせてもらったりした。パソコンはこの世界のネットワークに接続しているようだが、いかんせん言語が違い過ぎてまったく使い物にならなかった。
そんな生活をしていたある日。
朝目覚めて、農作業に取り組もうとした時だった。
村中に甲高い音が鳴り響く。それは、例えるなら消防のサイレン音のようだった。
「な、なんだ!?」
北原が慌てて外に出てみると村の奥のほうから煙が上がっているのが見えた。
そこに、同室のエンジニアが出てきた。
「何が起きているんです!?」
北原は問う。
「警察と軍隊だ!やつら俺たちの存在を嗅ぎつけて、この村に侵攻してきやがった!」
「に、逃げなきゃ……!」
「神社だ!急いで神社に向かえ!」
そういってエンジニアは自分の荷物を持って走り去る。
北原も急いで逃げた。
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