第8話 彼女の記憶
* * *
知らないところ、知らない時間。ここは、ジャスミンさんの記憶の中? どこか水の中のように世界が揺らいでいる。それが段々とカメラのピントが合うように鮮明になってきた。
……来たことはないけれど、ここはきっと『コロニーG』だ。建物の天井には穴が空いていて、端から雫が零れてる。コロニーGがあった場所は、昔大都市が形成されていた。戦争が終わって、大急ぎで作られたコロニーの内側に、その廃墟が多く残されている。
見える空は灰色。地下の空間もコンクリートの瓦礫ばかりで、そこにしたしたと雨が落ちるように、誰かが一人で泣いている。
外の雨に当たらない暗がりの中で、美しい黒髪の少女がしくしくと泣いている。そこに、ボロを纏ったチビな少女が近づいて行く。
泣いている少女に笑いかける、八重歯が目立つ口元、目元のホクロ。今よりてんで小さいが、ジャスミンさんの面影があった。
「どーしたんだよお前、どこから来たの?」
「わかんない」
「何で、泣いてんの?」
「……一人ぼっちなんだ」
「友達とか、家族とかいるだろ」
「いたけれど、皆私を置いて行っちゃう……」
小さいジャスミンさんは、少し頭を掻いて考えるように唸ったあと、パッと笑顔を咲かせた。薄汚れた顔色が、桃色に輝いている。
「んーそっかー……じゃあ私が一緒にいてやるよ」
「……ほんとうに?」
「ああ」
「昔の記憶がなくっても?」
「うん」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
手を差し出す少女の姿は今より幼い。でもそれを掴んでまるで天使みたいに笑った彼女は……今と変わらない姿をしていた。
ずっと……その言葉に、あたしの方が救われた気になった。私も過去の記憶がないからだ。
* * *
「かみ……」
「え?」
ジャスミンさんが怪訝そうにこちらに振り返る。あたしはどうしようか迷ったけれど思い切って続きを口にした。
「かみのけ、キンモクセイさん、昔。髪の毛長かった?」
「……出逢ったときは長髪だった。髪は私がここへ来る直前に切ってやったんだ、でも……」
ジャスミンさんが口ごもる。
「『入学』してから、あいつ。一度も髪を切った記憶がない。育ち盛りなのに身長もずっと変わらないし、それに……」
「それに〜?」
「たまに電池が切れたみたいに、動かなくなることもあった。あいつ、それで不調になって去年飛び級テスト落ちたんだよね」
「そんなことが」
キキョウさんは、何か知っていたようで、そのエピソードに納得顔をしている。
「……多分あいつは『コロニーS』から来たんだと思う」
「な、んでですか?」
キキョウさんが動揺したように尋ねる。
「あのころ、『コロニーS』からの定期便が頻繁に来てて、あいつを見つけたタイミングもその便が来た直後だった。それにマツ……コロニーS出身のマツ先生があいつのこと知ってたみたいだったし。キンモクセイを通じて、ここで私もマツ先生とよく話すようになった」
マツ先生と聞いて、彼の最期を知るあたしたちは一様に黙りこんだ。
「ここに、はじめて来たのもキンモクセイを探してた時だった。一年生のころだったかな?」
「その時はどんな感じだったんですか?」
「その時も、気づいたら辺りに生徒が一人もいなくて……。そういえば通路であれだな、あいつに会ったな」
「! あいつって、どの先生?」
「『マツ』に決まってるでしょ♪?」
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