0.SIDE OTHER

第0話 星空の亜空間

 まるで宇宙空間のような暗闇の中を、少女が一人走っている。長身で手足がスラリと長く、赤く短い髪の毛が揺れている。顔はどこか憔悴しきっていて、目の下は泣いたのか、涙のあとで粗く乾いていた。


 一体、いつから走っていて、なぜ走っているのか……彼女にはもうわからなくなっている。


 彼女が走っているのは、誰かがつくり出した『亜空間あくうかん』である。どこまでも続く星空と、それをうつし出す水鏡。ともすれば天地は逆になって、水場が上空にくることもあった。


 うっすらと彼女が記憶しているのは、この『亜空間』には時間軸がということだ。


「だから、逢える……。きっとまたあえる……」


 うわ言のように呟いた刹那、永遠のように走るだけだった彼女の周りに異変が起こった。その時水場は足元にあって、彼女は『ソレ』を前方遠くに見つけて急激に減速した。


 バシャバシャと水飛沫。そこに、流れる星々が煌めいては消える。


 彼女が着ているのは、いわゆる『制服』というやつだ。どこの学園のものかは知れない、もう忘れてしまっていた。そして、それと同じ制服の少女が、夜空の中、突然丸く開いた空間に消えて行くのが見えた。


 小柄な身体、量の多い特徴的なツインテールが身体を追うようにその場から消えた。自分で蹴り上げた水のせいではなく、彼女の頬を冷たい水が流れる。


「な……」


 誰かの名前を呼びながら。短髪の少女は星ばかりの世界を飛び出して行った。彼女がすっかり穴の中へ消えてしまうと、亜空間はまたその丸い出入り口を閉じ、誰かがまたそこにやってくるまで星々を輝かせ続ける。


 一滴の水音だけが、妙に鳴り響いて溶け、やがて消えた。

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