31話 眩しさ

 なんともやり切れない思いと癒やし難い心の傷を負っての帰り道。

 お互いに疲労が溜まっていたことも相まって、ほとんど言葉を交わす事はなかった。

 近くの村の宿屋で一晩を過ごし、王都アウレーに到着したのは翌日の昼のことだった。


 二人はその足でとある人物を訪ねていた。

 ルフランの言う"新しい杖の素材"の場所を教えてくれた人物らしいが、そこへ使う道はクロムにとってはもはや歩き慣れた道だったためとある可能性が浮かんだが、あえてそのことをルフランに尋ねることはしなかった。


「着いたわ」


「……あの、ここって」


「さ、入っていいわよね? ここはでもあるわけだし」


「えぇ、まぁ……」


 ルフランが足を止めたところにあったのは、やはりと言うべきか、エルミア邸だった。

 つまりクロムが今住まわせてもらっている家という事になる。

 クロムが頷くと、ルフランはやや慣れた手つきでドアを開ける。

 それに続いてクロムも中に入って行った。


「あら、クロムくんにルフランちゃん。もう帰ったの?」


「ただいま、エルミアさん」


「ただいま戻りました。


「うん、おかえり!」


「――えっ? 師匠……?」


 リビングのソファで読書をしていたエルミアが二人の存在に気づき立ち上がった。

 彼女は珍しくメガネをしており、その美貌も相まって普段よりもいくばくか知的に見える。

 しかしそれより聞き逃せない単語がルフランの口から聞こえてきたのだが……


「あっ、クロムくんにはまだ言ってなかったんだ」


「……はい。しばらくは黙っておこうと思って」


「えっと……ルフランはもしかして」


「そうよ。エルミアさんに魔法を教えてもらってるの」


(ルフランが急激に強くなった理由はそれか……)


 ルフランの言葉を聞いて、彼女が異様なまでに力を増した理由を知ったクロム。

 実際にエルミアが戦闘を行っているところを見たことはないのだが、彼女の噂ならこの街を歩いていれば至る所で耳にすることができる。

 曰く、最強の冒険者の一人だとか、千年前から生きている大魔法使いだとか、単身で竜王を討ちこの国を救った英雄だとか。

 

 どこまでが真実なのかは定かではないが、少なくともこの王都アウレーにおいては彼女を讃える銅像が立つ程尊敬されているエルフということになる。

 そんなエルミアが直々に弟子として鍛えたのであれば、ルフランのあの変わりようにも納得がいくというもの。


「それで、杖の素材は手に入れられたの?」


「はい。えっと……これです」


「――っ! これは……!!」


 ルフランがジプラレア遺跡で入手した加工済み練魂石をエルミアに手渡すと、彼女はひどく驚いた様子でそれをやや乱暴に奪い取った。

 そしてメガネを通じて睨むようにその石を眺め始めた。


「これ! 練魂石レンコンセキじゃない! こんな純度が高いものがまだ残っていたなんて……しかも加工済みじゃない! 一体どこで手に入れたの?」


「それは――」


「それは僕から説明します」


 この件についてはあまりルフランは口にしたくないだろう。

 それを察したクロムが、ある程度掻い摘んでことの経緯を話す事にした。


「――なるほど、ね。お城の地下にそんなものが隠されていたなんてね……」


 ちなみにエルミアが探してきて欲しかったのは練魂石ではなく、と呼ばれる、周囲の魔力を吸収して溜め込む性質を持つ石だったらしい。

 練魂石は練魔石が濃密かつ質の高い魔力を取り込み続けた結果変質したものであり、魔力のみならず周囲の生物の魂の力さえ取り込んでしまうほどの力を獲得している。


「でも困ったなぁ……私、練魂石の扱い方なんて知らないんだよね……」


「あ、それならこの本が多分役に立つと思います!」


「本……? あー、これ古代文字かぁ……私この文字はあんまり読めないんだよねえ……」


「僕、その文字読めるので手伝います!」


「そうなの? クロムくんすごいね! じゃあお願いしようかな!」


「はい!」


 クロムは本を手に、エルミアの元へ歩み寄った。

 フェルマが落としていったであろう、練魂石加工に関する書物。

 昨晩村に泊まった際に半分近く読んだらしいが、魔力や魔法に関する知識がほとんどないことからほとんど理解できなかったとクロムは言っていた。


「クロム……」


「頑張ってエルミアさんと一緒にルフランに似合う杖を作るので楽しみにしていてくださいね!」


「……うん、ありがと。期待してるわ」


 ルフランは精一杯の笑顔をクロムに礼を言った。

 それを見たクロムは一瞬表情を曇らせるも、彼もまたすぐに笑顔で返した。

 その後すぐ、邪魔になるといけないからと言ってルフランはエルミア邸を出て帰っていった。

 その背中を見ながらクロムは、自身の気持ちを再確認すると、ゆっくりと頷いた。


「……待ってて、ルフラン」


 一言、そう呟いた。

 その様子を見ていたエルミアはふふっ、と笑った。


(若いっていいなぁ……お姉さんちょっと嫉妬しちゃうかも)


 彼の内に宿る純粋な想い。

 今のクロムのその気持ちには、きっとまだ名前は付かないのだろうけれど、それ故の眩しさに目が眩んでしまいそうになるエルミアだった。



 

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