29話 ジプラレア遺跡4

「悪いけれど、あまり時間を使う気はないわ。すぐに終わらせましょう」


 一言、そう呟くと、フェルマはどこからともなく一振りの剣を取り出した。

 白き刀身に波のような青き模様が刻み込まれた幻想的な剣。

 細身の刃ではあるが、業物であることは一目見て分かった。


(魔法だけじゃなく剣まで扱うのか。とりあえずどんな攻撃をしてくるのか分からない以上、迂闊に攻めるわけにはいかないか)


 こちらに向いていたフェルマの左手が淡く光る。

 直後、足元から氷華がせりあがってきた。

 クロムは超反応を以って、即座に地面を強く蹴り、空中に飛び出す。

 それと同時に妖刀を振るい、紫の刃を前方へ飛ばした。


「無駄よ」

 

 だがその刃がフェルマに届くことは無い。

 彼女はあろうことか飛ぶ斬撃すら凍結させ、破壊した。

 それと同時にフェルマもまた、空中へ飛びあがって剣を構える。


「ハァッ――!」


「ふっ――!!」


 直後、空中における激しい斬り合いが発生した。

 驚くことに、フェルマは純粋な剣術でクロムと互角の接近戦を演じていた。

 受けからの迎撃。至天水刀流の真髄を以って立ち向かっているにもかかわらず、彼女はそれに対応して見せたのだ。

 だが、時間が経てばたつ程、剣を主体として戦う者と、剣も扱える者との差が生まれ始める。

 変則的に斬り方を変えるクロムの剣技に、だんだんとフェルマが付いていけなくなってきたのだ。

 そしてクロムの刀が遂にフェルマの剣を弾き、彼女に大きな隙を生ませることに成功する。

 

至天水刀流してんすいとうりゅう激流衝ゲキリュウショウ

 

「くっ――」


 渾身の力を込めた一刀。

 大上段から一気に振り下ろされた刃が、フェルマの無防備な体に叩きつけられる。

 剣によるガードは間に合わない。

 もらった。そう確信をもった一撃。

 しかし――


「やるわね。でも、甘いわ」


「――ッ!」


 皮一枚。

 あと少しでその体に食らいついていたであろう妖刀は、フェルマの生み出した氷晶の壁によって阻まれた。

 クロムとしては魔法によって防がれることは予測済みだった。

 その上でその魔法の防御ごと破壊してやろうと放ったのが今の一撃だったのだ。


「甘いのはどっちですかね? はあっ!!」


「うっ、これは――」


 しかし、刃こそ防がれたが勢いの全てを殺せたわけではない。

 クロムは妖力をさらに引き出し、氷の壁ごとフェルマを思いっきり叩き落した。

 今のは剣技の延長線上ではあるものの、ただの力技。

 半ばやけくそであったが、フェルマの体は思いっきり地面に叩きつけられることとなった。


 しかし、クロムが視線を下ろすと、彼女が着地した場所に巨大な氷晶が出来上がっていた。

 そしてそれが砕け散ると、何事もなかったかのようにフェルマが立ち上がった。


(強い……今のを受けて何ともないのはちょっとショックだなぁ。でも――ちょっと、ワクワクするかも)


 クロムはひっそりと己の血が騒ぎ始めたのを感じ取っていた。

 ルフランの敵討ちのための戦いのはずなのに、楽しいと感じ始めていたのだ。

 クロムは敢えてこの感情を受け入れることにした。

 この戦いを楽しみながら、攻略法を見つけ、突破してみせると決意する。

 楽しむ余裕があるうちは、相手に心を乱されることなく冷静にこの戦いに臨むことが出来るからだ。

 

「ふふ、接近戦は流石にあなたに分がありそうね」


「ええ。剣技なら負けませんよ」


「なら少しだけ戦い方を変えましょう」


「…………」


 氷華絢爛ひょうかけんらん

 フェルマの体から漏れ出た無数の青き光は、やがて刺々しい氷の華を形成し、クロムを飲み込まんと一斉に襲い掛かる。

 範囲外に逃れるのは不可能だ。

 そう判断したクロムは、妖刀の柄を強く握り真正面から迎え撃つ。


至天水刀流してんすいとうりゅう波流なみながし」


 己が最も信頼する回避技。

 力業で弾くのではなく、優しく受け流すことで道を作る。

 どれほどの弾幕が張られようとも、通り抜ける場所さえ確保できれば恐れるに足りない。

 だが、それを黙って見ているフェルマではなかった。


 氷鏡壁。そして巨大氷塊。

 気が付けばクロムを中心とした八方に鏡のような氷壁が創り上げられていた。

 フェルマが移動したことには気づいている。

 クロムは既に進行方向を変えて再度フェルマに接近しようと試みた。

 しかし、


「――ぐっ!?」


 高速で刀を振り回しながら氷華の群れをいなしていたクロムだったが、突如として腹に鋭い痛みが走る。

 なんと氷の壁に接触した氷華がそのまま反射して再びクロムに襲い掛かってきたのだ。

 死角からの攻撃。こうなっては前進しながらでは受けきれない。

 クロムはすぐさま足を止め、極限の集中力を以って氷華を迎え撃つ。

 だが、意識を向けるべきは氷の華だけではなかった。

 気が付けばクロムの頭上から家ほどの大きさがある巨大な氷塊が落ちてきていた。


(――妖刀。僕に力を貸せ)


 クロムは大きく息を吸い込み、瞬時に刀を鞘に納めた。

 そして一言。


紫奏剣冴シソウケンゴ


 それは、妖刀に対する呼びかけであり、トリガー。

 呪われし妖刀からさらなる力を引き出しながらも、決して己を見失うことなく戦い続けるというクロムの誓いの言葉。

 鞘からより濃密で鋭い光が生み出され、それらが吸い込まれるようにクロムの体内へと消えていく。

 段々と瞳が紫に染まり、その周囲に悍ましい模様が浮かび始めた。

 まるで面を被ったかのような変貌。


 だが無情にも氷塊は遂にクロムの真上まで迫っていた。

 このままでは押し潰されてしまう。

 しかし、クロムは動じることなく、その両目で斬るべきものを捉えていた。


「ハァッ――!」


 大きく息を吐きだすとともに刃を抜き、を斬った。


「――っ! あなた、その力は――」


 妖力を宿した一刀を以って氷塊を切り裂き、開かれた道に向けて瞬時に突き進む。

 その先でやや動揺した様子を見せたフェルマに斬りかかった。

 だがフェルマもまた瞬時に剣を構えることでそれを迎え撃つ。

 ここまでは想定通り。万一の反撃に備えてフェルマは決して警戒を怠らなかった。


「この程度――」

 

「甘いっ!」


 ただ、違ったのは速度。クロムはもはや瞬間移動と錯覚するほどのスピードで接近。

 刃が衝突すると同時に彼の体は反転し、フェルマの腹にかかとを突きさしていた。

 

「やるわね。でも――」


 フェルマの声を遮るようにクロムは空を蹴り、一瞬で距離を詰める。

 人間業ではない、異常な速度を前に、フェルマは僅かに対応が遅れた。


「――っぐ!!」

 

 辛うじて魔法による防御壁を挟み込むことには成功したが、黒に近しい紫の刃がフェルマの上半身に突き刺さり、彼女の体は大きく後方へと吹き飛ばされた。

 なんとか体勢を立て直そうと次なる魔法の発動を試みるが、


「――遅い」


 クロムは既にフェルマの上空に飛翔しており、立て続けに刃が振り下ろされた。

 命を刈り取らんとする重い一撃。

 まともに食らっては上半身と下半身が綺麗に引き裂かれてしまう。

 しかしそれすらも自身の剣を間に割り込ませることで、致命撃を防ぎ切った。

 だが勢いを殺すことは叶わず、そのまま地面に叩きつけられてしまう。

 何とか受け身を取り、地面を転がるようにして体勢を立て直すのだが――


「しまっ――」

 

「はあああっ!!」

 

 その先には既にクロムが回り込んでいる。

 彼女が完全に立ち上がる前に、今度は斬り上げを受けることになった。

 またもフェルマの体は空中に投げ出され、空中を自在に駆けまわるクロムによって四方八方から斬撃を受ける。

 氷晶による防御にも段々と限界が見え始め、あと少しで貫通といったところまで来ると――


「調子に、乗り過ぎよッ!!」


 受けの一辺倒だったフェルマは、苛立ちを隠そうともせず、準備していた魔法を解き放った。

 氷華の大地獄コキュートス

 一度発動を許せば、周囲に存在するあらゆるものを氷の華で封じ込めてしまう恐ろしい魔法。

 まるで時が止まったかのような錯覚すら覚える大魔法を前に、クロムの自慢の速度も台無しになることだろうと思ったのだが――


「なっ――効いてない!?」


 クロムの体は氷華に侵されることなく、猛スピードで突っ込んできている。

 この形態に移行したクロムに、大抵の魔法は通用しない。

 妖刀の代行者そのものになったに等しいクロムは、自身に向けられたあらゆる魔力を吸収し、妖力へと変換することが出来るのだ。

 氷華の大地獄コキュートスは、変質させた自身の魔力を散布することで、周囲のあらゆるものに干渉する魔法。

 魔法で生み出した氷の塊をぶつけられた場合などは吸収できないのだが、純粋な魔力というエネルギーによるアプローチであれば今のクロムには一切効かない。

 

「くっ……!」


 フェルマが動揺した隙をついてクロムは最速で刃を振るった、

 左下からの斬り上げがフェルマの体に突き刺さる。

 それにより彼女がまとっていたフード付きローブに大きな傷が入り、彼女の体から滑り落ちた。

 だが何故か彼女の肉体から血は流れない。

 そして、


「――ッ! その顔は……」


 ついに晒されるフェルマの顔。

 それはルフランによく似た、やや幼さを残す端正な顔立ち。

 だが顔の左半分は透き通った水色の結晶に侵されており、目の色も結膜は金色に、角膜が深い赤色に染まっていた。

 瞳孔もまるで蛇の如く縦に伸びている。

 明らかに人間の顔とは異なるそれに、クロムは一瞬言葉を失った。


「……頃合いね。ここまでにしておきましょう。これ以上やるというのならば、わたしも本気を出さなければいけなくなる」


「――逃げる気ですか?」


「ええ、そうよ。あなたを殺したくないもの」


「何故ですか。僕とあなたは今日知り合ったばかりでしょう」


「ふふっ、そうね。でも――」


 気が付けば視界からフェルマの姿が消えていた。

 直後、背中に強烈な悪寒が走る。

 しかしクロムの体は動かない。


「――その質問には答えてあげないわ。それじゃあ、またいつか会いましょう」


「――えっ?」


 ふわりと何かに包み込まれるような違和感を覚える。

 フェルマの姿はいつの間にかクロムの真後ろにあり、彼女の細い人差し指がクロムの唇に優しく触れていた。

 硬直した体に鞭を打って、慌てて振り返ったが、もうフェルマの姿はどこにもなかった。

 

「くそっ……」


 自身と互角以上に渡り合うほどの強者を取り逃がしたことへの虚しさ。

 大切なパートナーを手にかけた者を逃がしてしまったやるせなさに襲われるクロム。

 しかし、これ以上追うのは賢い選択肢とは言い難かった。


「あっ!! それよりも――ルフランっ!」


 もしかすると今ならまだ助かるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱きながら、彼女の下へ向かって駆け出した。

 

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